🇯🇵 やくしまるえつこ

レビュー作品数: 3
  

スタジオ盤

RADIO ONSEN EUTOPIA

2013年 1stアルバム

 相対性理論のフロントマンにして、アーティスト兼プロデューサー、やくしまるえつこ。作詞作曲はティカ・α名義だったり、TUTU HELVETICA名義のプロジェクトに参加したりと様々な名義を持つ彼女の本名は丸野悦子といいます。1984年6月3日生まれ。
 2006年に相対性理論に参加し、2009年にはシングル『おやすみパラドックス/ジェニーはご機嫌ななめ』でソロデビューを果たします。本作はやくしまるえつこ初のフルアルバムです。レコーディングには永井聖一(Gt)、吉田匡(B)、山口元輝(Dr)、Itoken(Dr)といった相対性理論の顔ぶれも参加していますが、他にもサポートミュージシャンを招いています。本家相対性理論と異なりニューウェイヴ色は薄いですが、言葉遊びのような語感の良さは健在。ポップさも見せつつ、スリリングなロック曲も展開します。カバーが5曲含まれますが、いずれもNHK『みんなのうた』の楽曲。

 オープニング曲は7分に渡る「ノルニル」。アニメ『輪るピングドラム』の主題歌に起用されました。鉄琴を鳴らして穏やかでノスタルジックなイントロを経ると、ひりついたバンドサウンドが始まります。躍動感あるドラムが緊張を高め、やくしまるの歌は低いテンションというギャップ。ですがサビメロでは陰のあるメロディと相まって焦燥感を煽ります。後半は場面転換してガラリと雰囲気を変え、プログレ的な側面も見せます。「恋するニワトリ」は谷山浩子の作。牧歌的で優しい演奏に乗せ、お得意のウィスパーボイスで癒やしてくれるポップ曲を展開。相対性理論で見せた言葉遊びと、みんなのうたの言葉遊びに満ちた楽曲の相性も良いですね。続く「ヴィーナスとジーザス」はアニメ『荒川アンダー ザ ブリッジ』のOP曲に起用されました。ノリの良い演奏でブリブリベースや躍動感あるドラムがカッコ良く、フルートやオーケストラ等を活用して本家バンドとは差別化。キャッチーで耳に残る、良質な楽曲です。「COSMOS vs ALIEN」はイントロからオルガンとリズム隊が高揚感を煽ります。フワフワした声で歌う歌メロはポップで、シンセがスペイシーに彩ります。2分過ぎに一旦歌を終えて一瞬の空白を挟むと、後半パートはアンビエントでスペイシーな趣へと変わり、まるで別の楽曲のよう。デジタルな効果音を飛ばしながら徐々にノイズに呑み込まれます。そして続くのが「北風小僧の寒太郎」。力強い原曲は幼い頃に『みんなのうた』で聞いていてよく馴染みがあるんですが、やくしまるバージョンは北風というより、そよ風のような心地良さです。アコギのみのゆったりとした演奏に、消え入りそうな声で囁きます。「ヤミヤミ」はやくしまるのオリジナル曲ですが、『みんなのうた』に起用されています。リズミカルで、少しだけ怪しげな雰囲気が漂います。続いて6分半に渡る「少年よ我に帰れ」。若干ひりついたスリリングな演奏に、陰りのあるメロディを乗せます。フルートがひんやりとした空気感を醸します。そして後半ガラリと場面転換し、静けさの中から徐々に盛り上げて終盤にまた序盤のメロディへと回帰していきますが、まるで組曲のようです。「キャベツUFO」は工藤順子の作。ぼそぼそと囁く静かな歌声に、ビブラフォンが薄っすらと響きます。ASMRというか、微かな音の響きを楽しむような感じでしょうか?続いて「ラジャ・マハラジャー」は戸川純が歌ったのがオリジナル。荒いギターに激しいリズム隊が、ダーティでパンキッシュなロックを繰り広げます。やくしまるは声量がないですが、荒々しい演奏でも聴き取れる独特な声質が活きていますね。そして「ときめきハッカー」は、拍をずらして同じフレーズを反復する歌が印象的なシンセポップ曲。ダンサブルなビートを刻むリズム隊や小気味良いギターが気持ち良いですが、悲壮感のあるニューウェイヴ的なシンセサイザーが楽曲に影を落とします。「メトロポリタン美術館」は大貫妙子の作。ほのぼのとしたポップなメロディを、あどけない歌唱で歌い上げます。最後の「ロンリープラネット」は9分半に渡る大作。やくしまるの歌と淡々としたギターが主軸に置いて、宇宙を漂うような音響をバックで響かせます。途中からダンスビートを刻んでノリノリになりますが、3分半あたりの不穏な和音を奏でた辺りからスリリングに。ドラムが主軸のダンサブルな中盤を経て、バンドサウンドが均等に魅力を発揮する終盤へ。全体的に歌詞は同じフレーズの反復が多いですが、心地良く耳に残って中毒性があります。ラストに相応しい良曲ですね。

 アニメ主題歌に起用されるようなポップ性を見せつつ、前衛的な側面も強いです。楽曲の振り幅が大きくて一貫性はありませんが、バラエティ豊富な一作に仕上がりました。

RADIO ONSEN EUTOPIA
特別限定盤 (CD+カセット)
やくしまるえつこ
RADIO ONSEN EUTOPIA
通常盤
やくしまるえつこ
 
Flying Tentacles

2016年 2ndアルバム ※Yakushimaru Experiment名義

 坂本龍一の主宰する音楽プロジェクトcommmonsの10周年を記念して2016年にリリースされました。本家相対性理論では翌月に『天声ジングル』をリリースするなど精力的に活動しています。本家バンドとともにインディーズの みらいレコーズからリリースしてきましたが、本作はcommmons ✕ みらいレコーズからのリリース。あえてYakushimaru Experimentの名義で発表した本作は、即興や朗読、素数などを扱い、実験的で芸術作品としての色合いが濃い作品に仕上がりました。

 「光と光と光と光の記録」は、オリジナル楽器「Dimtakt」を操るやくしまる、弦をレーザーに見立てた「レーザーギター」を弾くドラびでお、蛍光灯を改造したオリジナル楽器「OPTRON」を扱う伊東篤宏、スライムに触ると音が出るという「スライムシンセサイザー」を鳴らすドリタの4人による、14分に及ぶセッションです。本楽曲にはメロディも歌も無く、摩訶不思議なデジタルな効果音の応酬で、非常に実験的。エクスペリメンタルロックやプログレに馴染みのない人には「?」しか浮かびません。「光と光と光と光の記録」というタイトルなので、おそらく音よりも視覚的な演出を楽しむ楽曲なのかもしれません。「タンパク質みたいに」は作家の円城塔とコラボした、やくしまるによる朗読作品。淡々としたトーンの朗読ですが、同時に違う朗読を重ねて複数人で喋っているかのように演出。途中違う語りが何重にも重なる場面はどこか不気味です。16分もあるので正直きついです…。「PCNC++」はやくしまるとドラびでおによる5分ほどのセッション。ノイズが散りばめられていますが、ドラムが一定のリズムを刻んでいるのが救いでしょうか。リズムに乗ってノイズに耳を傾けると、何度もフラッシュするかのような光景が浮かびます。続いて「ウラムの螺旋より」。素数を譜面化し、人力聴覚化したものだそう。「チャチャチャチャ…」と声を楽器のように扱い、実験的な本作では唯一取っつきやすい楽曲だと思いました(とは言えこれも聴く人を選びますが…)。うまいことハマると中毒性があります。「思い出すことなど」は11分に及ぶ朗読作品で、夏目漱石の骨格から復元されたモンタージュ音声とやくしまるが共演するという前衛的な試みがなされています。ノイズのような電子音をバックにやくしまるが朗読を進めていきますが、復元された夏目漱石の語りも途中聞こえます。最後の「空飛ぶテンタクルズ」はDimtaktを用いたソロ多重奏。不思議な電子音が飛び交う7分弱の演奏で、エフェクトをかけた声が楽器のように響きますが、メロディは存在しません。

 芸術家としてのやくしまるえつこを全面的に押し出し、ポップさは欠片もなく、聴く人をかなり選ぶ実験的な作品です。正直なところ私には理解できませんでした…。

Flying Tentacles
Yakushimaru Experiment
 
あたりまえつこのうた

2018年

  NHK Eテレの『カガクノミカタ』に起用された「あたりまえつこのうた」。日常にひそむ「あたりまえ」を歌ったこの楽曲について同じメロディで歌詞と演奏の異なる「いちばん」から「じゅうばん」まで10曲を収録。どれも1分半強で10曲入り約16分。収録時間的にはシングルやEP、楽曲数的にはアルバムという感じで、扱いはよくわかりません。
 2018年に配信限定でリリースされた後、2020年にはパッケージ化してリリースされました。絵本作家ヨシタケシンスケの描くジャケットは、発売形態によりどれもデザインが異なります。私が購入したのはCDオンリーの通常盤で、同梱の青いフィルムシートをかざして動かすと人力アニメーションができるという、遊び心のあるパッケージです。

 「あたりまえつこのうた いちばん」は男の子と女の子の違いを歌っています。打ち込みのリズムに乗せて、歌をフィーチャーした楽曲を繰り広げます。これをベースに、アレンジ違いが続きます。「あたりまえつこのうた にばん」はダイエットをテーマにした歌詞で、細く長くなりたいからとキリンがたとえで出てくるのが子供向けですね。アコーディオンやチューバが主軸の演奏は少しレトロな感覚。「あたりまえつこのうた さんばん」は遠くに見えるものが小さく見えることに疑問を持って、きみとの見え方の違いや、距離に関わらずきみが好きという結論に。エレクトロニカ的な演奏は中盤まで穏やかですが、終盤は華やかでダンサブルです。「あたりまえつこのうた よんばん」はマリンバ中心の心地良い演奏を繰り広げます。呼吸ができないと苦しいという疑問から、生き物の違いをテーマアップ。個人的には歌詞が好きな1曲です。「あたりまえつこのうた ごばん」は中身の見えないプレゼントにワクワクする感情を歌います。最後は玉手箱でガックリくるというオチがつきます。リズム隊が強調された演奏もメリハリがありますね。「あたりまえつこのうた ろくばん」は悲しいメロディで悲しくなることへの疑問を歌います。演奏はバロックポップ風です。「あたりまえつこのうた ななばん」はチキチーチキチーと小気味良く刻むリズムをはじめ、ダンス色が強めのアレンジです。自分と同じ人格は一人しかいない、瓜二つでも影武者でも全部が一緒ではないと、意外に深いテーマを子供向けに歌っています。「あたりまえつこのうた はちばん」はDJ的な、クラブミュージック風のアレンジ手法が特徴的なアレンジです。でも、くすぐると何故くすぐったいのかという歌は無邪気で可愛らしい。「あたりまえつこのうた きゅうばん」は未来が見えないことへの疑問を歌います。バンドサウンドが演奏を彩り、ゆったりとした序盤からアップテンポに盛り上げる、最もポップなアレンジに仕上げています。終盤は本家相対性理論っぽいですね。最後の「あたりまえつこのうた じゅうばん」では、知らないことを知りたくなることへの疑問をテーマに歌います。エレクトロニックなダンスアレンジで、演奏は少しチャラい感じがします。笑

 流石に10曲通して聴くと若干くどいですが、口ずさみたくなるキャッチーさで何度でも聴きたくなります。
 我が家ではヨシタケシンスケの絵本に馴染みがあったことや、うちの子に聴かせたらハマってしまったこともあり、リピート回数も多くて個人的にお気に入りの作品です。

あたりまえつこのうた (CD+BD)
やくしまるえつこ
あたりまえつこのうた (1CD)
やくしまるえつこ
 
 

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