🇯🇵 きのこ帝国 (きのこていこく)

レビュー作品数: 7
  

スタジオ盤

インディーズ時代

渦になる

2012年 1stミニアルバム

 きのこ帝国は日本のシューゲイザー/ドリームポップバンドです。立正大学の同級生だった4人が集まり2007年に結成。メンバーは、全作詞作曲を手掛け女優としても活動する佐藤千亜妃(Vo/Gt)と、あーちゃん(Gt)、谷口滋昭(B)、西村”コン”豪人(Dr)の4人で、男女2:2のバンド編成・混声かつ轟音シューゲイザーということでマイ・ブラッディ・ヴァレンタインを彷彿とさせますね。当時あーちゃんがきのこのような格好をしていたのと、「ゆらゆら帝国ってカッコ良いよね」と意気投合したことからバンド名が決まったそうです。

 イントロから混沌と轟音が蠢く「WHIRLPOOL」でアルバムの幕を開けます。囁くようなボーカルを覆い尽くすほどのノイジーな轟音ですが、メロディアスな音色を奏でるリードギターをはじめ、心地良い浮遊感が漂います。アルバムタイトルの『渦になる』は本楽曲の歌詞より。「退屈しのぎ」は8分超の大作。出だしは音数を極端に減らしてアンビエントかと思わせますが、突如メロディアスでカラフルなギターとバンド演奏が彩りを与えます。歌が始まると演奏は穏やかになり、佐藤が消え入りそうな囁き声でぽつりぽつり呟きます。メンバーのコーラスと掛け合いを行いながら盛り上がっていきます。5分手前あたりからトリッキーなリズムパターンでフックをかけ、轟音の渦に巻き込まれます。「スクールフィクション」は疾走感があって跳ねるような躍動感に満ちたイントロが爽快。でも歌が始まるとベースが際立つ静かなサウンドに囁くような歌で、テンションの落差にギャップを感じますね。サビメロではまた弾けるような勢いを取り戻します。終盤のメロディアスな間奏も魅力的。続いて「Girl meets NUMBER GIRL」。メンバーが好きなアーティストにナンバーガールを挙げており、タイトルにそのリスペクトが見られます。楽曲からは件のバンドのような殺気や攻撃性はあまり感じませんが、勢いのある演奏に乗る哀愁のメロディは良いですね。「The SEA」は静かなアカペラで幕を開け、楽器が加わっても静けさを保っています。時折ギターがカラフルな音を響かせながら、終盤に向けて激しさを増していきます。歌はどこか悲しげな印象。「夜が明けたら」はメロディアスで穏やかな風が流れます。佐藤の中性的で渋みのある歌声が、線の細い声で力いっぱい歌います。最終盤は倍速にテンポアップしてスリリングに終了。ラスト曲「足首」は9分近い大作です。淡々と刻むベースに、透明感のあるギター。神秘的な歌声にはどこか影があります。平坦に進行しますが、時折迫りくる轟音と合わせて歌も感情的に盛り上がり、ドラマチックですね。終盤の激しい盛り上がり方にシガー・ロスを彷彿とさせますが、件のバンドの影響も受けているようです。

 マイブラのようなカラフルなシューゲイザーあり、勢い溢れる爽快なロック曲あり、ポストロック的でもあり。繊細でカラフルな音色に満ちています。ミニアルバム扱いですが、7曲入り43分入りで、フルアルバムといっても差し支えないボリュームです。

渦になる
きのこ帝国
 
eureka

2013年 1stアルバム

 きのこ帝国初のフルアルバムで、「4人が同時に鳴らした音を一発録りでパッケージ」という触れ込みで発表されました。ライブに定評があり、演奏力の高さゆえにできたのでしょう。おどろおどろしいジャケットアートが示すように、中二病的な刺々した攻撃性も見せますが、それだけでなくポップで優しい楽曲も含まれます。

 オープニングを飾るのは「夜鷹」。ゆったりと落ち着いた演奏の中、西村”コン”豪人のドラムだけ輪郭くっきり浮かびます。ラップのように抑揚のない歌を浮遊感のある演奏が支え、いずれもエフェクトによってぼんやりとしています。そして徐々に轟音ギターが歌を呑み込みます。「平行世界」は透明感のあるギターに対して谷口滋昭のベースが響きます。淡々と反復するような歌詞が耳に残りますね。後半に向けて激しくなる演奏、それを受けて「春と修羅」。佐藤千亜妃の中性的な声の歌は、冒頭から歌詞による暴力を振りまきます。感情たっぷりの歌をフィーチャーして、ドラムをはじめ演奏もアグレッシブです。「国道スロープ」は疾走感に溢れるスリリングな楽曲で、ロックの躍動感が詰まっています。緊張感に満ちた勢いのある演奏は爽快で、またサビでの感情的な歌唱も印象的です。そしてタイトル曲となる「ユーリカ」。これに魅せられて本作を聴いてみようと思いました。あーちゃんと佐藤のギターはノイジーな不協和音と透明感のある音色を絡ませ、リズム隊2人は緊張を一気に高める神経質な演奏を繰り広げ、かと思えばゆったりとしたサビに合わせて緊張をほぐしたり…。佐藤の儚げな歌声は時折力強く訴えかけます。スリリングな名曲です。「風化する教室」は轟音にまみれた前曲とは対照的に、シンプルで穏やかな演奏です。囁くような歌はポップなメロディで優しく、またコーラスワークも心地良いですね。ポップセンスを感じる良曲です。「Another Word」はイントロこそ轟音ですが、歌が始まると嵐が過ぎ去ったように穏やかです。鉄琴の音が透明感を演出。サビや終盤では騒がしい演奏がドラマチックに盛り上げてくれます。そして「ミュージシャン」は9分近い大作。イントロから重厚な演奏を響かせますが、そこでは透明感のあるメロディアスなギターが光ります。ゆったりとしたテンポで優しく揺さぶるように、時に呟くように、時にファルセットを駆使して、霊的で神秘的な歌唱をじっくりと聴かせてくれます。そして7分過ぎた辺りから突如轟音を掻き鳴らして、ノイジーな演奏を響かせます。でもリードギターはエモーショナル。ラストは「明日にはすべてが終わるとして」。冒頭からアコギで柔らかい音色で、佐藤の歌を追い掛けるようにコーラスをするあーちゃん、歌も優しい印象です。間奏のギターもメロディアスで魅力たっぷり。約10分ありますが、本編は4分半くらいで終わって、7分半辺りから隠しトラック的に演奏再開。アコギ弾き語りから始まり、メンバーのコーラスや演奏をバックに泣き叫ぶように感情たっぷりに歌います。

 全体的にはゆったりとした楽曲が中心で、ポップな側面も見えてきました。シューゲイザーサウンドを繰り広げる「ユーリカ」が出色の出来です。

eureka
きのこ帝国
 
ロンググッドバイ

2013年 1st E.P.

 前作『eureka』から10ヶ月後に本作がリリースされました。全5曲、約20分のボリュームで、シングルでもなくミニアルバムでもなくEPという扱いだそうです。

 フィードバックノイズから始まる表題曲「ロンググッドバイ」。イントロから疾走感がある楽曲で、コーラスワークも透明感があります。佐藤千亜妃の中性的な歌声が落ち着いた優しい声で囁き、水の中から語りかけるようなぼやけて幻想的な感覚。続く「海と花束」は6/8拍子を刻みます。ギターをはじめ緊迫した空気を演出するイントロを経て、歌が始まると穏やかでゆったりとした雰囲気に。サビメロは轟音ですが優しく包み込みます。アウトロは喧しいくらいに隙間なく音が敷き詰められています。「パラノイドパレード」は佐藤の歌をフィーチャー。『渦になる』の頃に比べると生気があるというか、歌声の魅力も増してきています。ポップなメロディに乗せて「青い花柄のワンピース」とか「真夜中の交差点 迷子の行列」などの印象的なフレーズが多い歌詞も耳に残りますね。歌ばかりでなく、幻想的な演奏も魅力に溢れています。「FLOWER GIRL」は7分に渡る楽曲で、冒頭から逆再生による不思議な浮遊感を見せます。その後はゆったりとしたテンポで、ポストロック風というかアンビエント風というか、静かで落ち着いた感情の乏しい楽曲を展開。終盤から同じフレーズをひたすら反復したかと思えば、突如暴力的な演奏を繰り広げます。破滅的で狂気じみたラストはスリリングです。ラストの「MAKE L」は1分強の小曲で、歌はありませんがコーラスを重ねて、多幸感の溢れる優しい楽曲です。心地良いのですが、ラストはぶつ切りという…。

 5曲と少ないながらも楽曲は粒揃いで、聴きごたえのある作品です。佐藤の歌声も魅力が増した感じ。

ロンググッドバイ
きのこ帝国
 
フェイクワールドワンダーランド

2014年 2ndアルバム

 先行シングルとなる初シングル『東京』を100円で発売し、翌月にリリースされた2ndフルアルバムが本作です。この「東京」がきのこ帝国の中でも人気の高い楽曲です。なお最初期は中性的だった佐藤千亜妃の歌は、女性的な優しさ・可愛らしさや表現力の幅を増し、歌ものとしての魅力も増しました。演奏においてはシューゲイザー色は若干薄まったものの、オルタナからの影響は色濃く残ります。

 まずは代表曲「東京」で幕開け。イントロもなく頭サビで始まります。佐藤の歌は素朴でアンニュイですが、「この街の名は、東京」で激しい歌唱とともに轟音が楽曲を盛り上げます。キャッチーなメロディラインが特徴的で、ポップさも上手く取り入れつつ、ですがオルタナの流れを汲む彼らの音楽は時折ノイジーにひどく歪んでいます。名曲ですね。「クロノスタシス」はヒップホップを取り入れた歌い方がシティポップ的で、演奏はメロウで少し幻想的。西村”コン”豪人の叩くドラムはリズミカルで、囁くような歌と合わせて心地良さを提供してくれます。なおクロノスタシスとは「時計の針が止まって見える 現象のことだよ」と歌詞にあるように、錯覚の一種だそうです。続く「ヴァージン・スーサイド」は、イントロからディストーションを利かして歪んだギターが楽曲に影を落とします。歌も暗鬱で、抑揚少なく淡々としていますが、サビメロはメランコリックでどこか投げやりな感情。「You outside my window」はイントロなく歌が始まり、エコーがかった歌唱で単語を羅列して印象づけると「阿呆くせえ」と一蹴。突き放すような歌詞のはそこだけで、あとは憂いと浮遊感に溢れています。演奏においては透明感に溢れたギターが特に魅力的で、また4つ打ちのビートも躍動感に満ちており爽快です。「Unknown Planet」は僅か40秒ほどのインストゥルメンタルで、暗くヘヴィなエレクトロニックな楽曲です。そして「あるゆえ」は前曲とは対照的に、イントロからフワフワとしたコーラスワークで優しい雰囲気。囁くような歌声ですがメロディは沈んでいくような感じがします。演奏は落ち着いていて透明感がありますが、終盤はノイズにまみれて歪んでいき、そんな演奏の変化に合わせて佐藤の歌唱も狂気じみていきます。1分強の小曲「24」は、無機質な演奏を繰り広げるインストゥルメンタルです。続いて表題曲「フェイクワールドワンダーランド」。これも2分足らずの小曲です。アコースティックな演奏に、3拍子のスウィングするような歌メロが心地良く揺さぶります。ですが途中でリズムを変えて、不自然さでフックをかけてきます。「ラストデイ」はギターをバックに歌い、途中からリズム隊が加わって徐々に盛り上げていきます。恋愛を歌った歌詞を切なげなメロディに乗せて、それを演奏が引き立てるというベタな展開が魅力的。青春を感じられる良バラードです。「疾走」はイントロもなく頭サビで始まる楽曲で、早口気味なサビは印象に残りますね。メロディアスで焦がれるような歌唱や、歌を終えたあとのリードギターが魅力的です。最後は「Telepathy/Overdrive」で、ギターを掻き鳴らして勢いのある疾走曲です。歌は活き活きとしていて、耳に残るキャッチーなサビ。明るく躍動感のある良曲で、程良く残る拙さや青臭さが良い方向に作用して、何度も聴きたいと思わせます。スカッと爽快にアルバムを締めてくれます。

 粗さや刺々しさは程よく削ぎ落とし、インディーバンド然とした姿勢は保ちつつも洗練された演奏。歌メロもポップさを上手く取り入れています。完成度が高く、聴きやすい名盤に仕上がりました。

フェイクワールドワンダーランド
きのこ帝国
 

メジャーデビュー&ポップ化

猫とアレルギー

2015年 3rdアルバム

 きのこ帝国はシングル『桜が咲く前に』でEMI Recordsよりメジャーデビューを果たしました。メジャーになっても佐藤千亜妃(Vo/Gt)、あーちゃん(Gt/Pf)、谷口滋昭(B)、西村”コン”(Dr)の4人体制は変わらずですが、表現力を増した佐藤の歌を引き立ててポップ色が濃くなりました。あーちゃんの弾くピアノが随所に用いられているのも特徴です。猫ジャケが可愛い。

 表題曲「猫とアレルギー」がオープニングを飾ります。ピアノに乗せて佐藤がメロディアスな歌を展開。歌唱力が上がったこともありますが、演奏があくまで歌を引き立てる側に引っ込んだことや、バックを彩るストリングスなどもメジャー化を感じさせますね。「怪獣の腕のなか」はウィスパーボイスで歌う優しく可愛らしい声が心地良いですね。キャッチーかつ切ないサビメロが印象的です。続く「夏の夜の街」はイントロや間奏では色気のあるブルージーな演奏で魅せてくれますが、歌が始まると演奏は控えめに。「君に借りた 紙ジャケのCANのアルバム」や「ザ・スミスのTシャツ」といった歌詞に散りばめられたバンド名は、全作詞作曲を担う佐藤の趣味か、あるいは友人や恋人の趣味でしょうか。「35℃」は疾走感のある楽曲です。イントロもなく頭サビで始まるお得意の展開。演奏においては谷口の骨太なベースが際立っています。甘酸っぱい歌詞を、あどけなくて切なさを纏った歌唱で届けます。「スカルプチャー」椎名林檎のパクりというか、強いリスペクトを感じます。シンバルを多用するドラムがヘヴィに、そしてベースがグルーヴィに楽曲を組み立て、影のあるシリアスなメロディ。そんな重たい楽曲をピアノが少し和らげます。「ドライブ」は淡々としてサイケ的な浮遊感を感じます。微睡むような感じ。歌にも強めのエフェクトがかかってぼやけており、海の中から語りかけるかのような感覚です。そして名曲「桜が咲く前に」ですが、前述のとおりメジャーデビューシングルです。あーちゃんのしっとりとしたピアノ、その後エモーショナルなギターが感傷的かつカラフルに彩りますが、このギターがとても良いんです(もっと出番を増やしてほしいのに物足りない)。歌が始まると音数を一気に減らして、佐藤の歌をフィーチャー。サビでは切ないメロディラインが耳に残りますね。「ハッカ」は鍵盤をバックに、アンニュイな歌を聴かせる静かな楽曲です。そして「ありふれた言葉」は躍動感溢れるバンド演奏が爽快。程良くノイジーなオルタナ/インディー的な演奏に乗せて、佐藤のボーカルは明るいトーンでキャッチーなメロディを歌います。終盤はハンドクラップが加わり、一緒に手拍子して合唱したくなる良曲です。「YOUTHFUL ANGER」はヘヴィに歪んだ演奏を展開。ポップな楽曲は増えましたが、決して軟弱になったのではないと主張するかのように、ノイジーな演奏でアルバムを引き締めます。ボーカルも加工していますが、でもヘヴィな演奏には不釣り合いな明るいトーンですね。「名前を呼んで」はシンプルな演奏に、アンニュイな歌を聴かせる甘い楽曲です。そしてラストの「ひとひら」は躍動感のあるアップテンポ曲。ライブ感のあるサウンドプロダクションのおかげでバンド演奏が引き立ち、ノイジーに騒ぎ立てますが爽快な仕上がりです。

 ポップな楽曲が増えた分、バンドサウンドを楽しめる楽曲は減りました。シューゲイザー/オルタナ的な演奏に魅せられていた人には少し物足りないかも。でも魅力的なポップ曲もあるし、シューゲイザーの影響を残す「桜が咲く前に」は名曲だと思います。

猫とアレルギー
きのこ帝国
 
愛のゆくえ

2016年 4thアルバム

 本作は表題曲をはじめとして“愛のゆくえ”をテーマに据えた楽曲が並ぶアルバムで、表題曲のみ井上うにがプロデュース、それ以外の楽曲はzAkとの共同プロデュースとなります。R&Bやレゲエを取り込んだりと意欲的な試みが見られ、それでいて落ち着いた楽曲が多いです。前作はポップに大きく振り切りましたが、今作はポップさは控えめでバランスを重視したような感じ。

 オープニングを飾る表題曲「愛のゆくえ」は、イントロからノイジーでインディーズ時代を想起させますが、歌が始まると一気に静かな演奏に。佐藤千亜妃のウィスパーボイスは優しくて浮遊感を得られます。間奏で出てくる轟音も気持ち良い。続く「LAST DANCE」はR&B色の強い楽曲で、これまでの彼ららしくない楽曲です。西村”コン”の刻む洒落たドラムにあーちゃんのメロウなギター。そしてボーカルやコーラスが大人びた雰囲気を醸し出します。「MOON WALK」もメロウで大人びた楽曲で、ファルセットを駆使した冒頭のドリーミーなコーラスや、エコーがかったボーカルが幻想的(ですが終盤の執拗な反復は若干狂気じみています)。落ち着いたギターのバックで谷口滋昭のベースが心地良く響きます。「Landscape」は次曲のイントロ的な短いインストゥルメンタルで、鳥のさえずりなど自然な音をバックに、静かに鉄琴を鳴らします。そのまま続く「夏の影」はレゲエのリズムを取り入れ、リズミカルな演奏です。でも控えめなリズム隊に音像のぼやけたギターやボーカルはそこまで強いレゲエ感はなく、フワフワとしています。中盤に緊張が高まる瞬間がありますが、全般的には心地良い浮遊感に溢れています。「雨上がり」はアコギが心地良い、派手さのない素朴なポップ曲です。佐藤の明るいトーンの歌が優しいそよ風のようです。「畦道で」は呟くように静かな歌のバックでベースが心地良く響きます。アウトロのぼやけたギターソロもメロディアスで良い。「死がふたりをわかつまで」ではストリングスが用いられていますが、そこまでくどくなく、全体的に落ち着いた雰囲気。佐藤の温かみのある歌唱をフィーチャーした優しい楽曲です。最後の「クライベイビー」はバンド感のある躍動感に満ちた演奏を展開。演奏の力強さに比べるとか細い印象ですが、フワッとした歌唱は可愛らしいです。メロディと歌詞が良くてしみじみとします。

 初めて聴いたときは、棘も派手さもない楽曲は良くも悪くもインパクトに欠ける印象でした。ただ、表題曲「愛のゆくえ」のメロディがフックとなって、何度も聴くうちにその良さがわかってきました。全体的に心地良く聴けます。

愛のゆくえ
初回限定盤 (CD+LIVE DVD)
きのこ帝国
愛のゆくえ
通常盤 (CD)
きのこ帝国
 
タイム・ラプス

2018年 5thアルバム

 2017年にきのこ帝国は結成10周年を迎え、アニバーサリー記念でリリースした作品が本作です。屈指の名曲「金木犀の夜」を収録し、メジャー移籍後のポップ路線では最高傑作の呼び声も高い、気合の入った1作です。
 きのこ帝国は佐藤千亜妃(Vo/Gt)、あーちゃん(Gt)、谷口滋昭(B)、西村”コン”(Dr)の4人で結成から駆け抜けてきましたが、本作リリース翌年の2019年、谷口が実家のお寺を継ぐために脱退。4人はメンバーである以上に大学以来の友人でもあり、友として谷口の意志を尊重。また谷口以外のベーシストと続けるイメージはできないとのことで、きのこ帝国は無期限活動休止という選択をしました。そのため本作がレビュー時点(2021年6月)で最新作となります。

 アルバムは「WHY」で幕開け。これまでになかったヘヴィなグランジ風のイントロで驚かせます。Aメロから音数は少なく、でもギターはヘヴィですね。間奏では激しくスリリングな演奏で緩急つけますが、歌はメロディアスかつキャッチーです。続く「&」もギターが奏でるイントロにロック感があります。歌が始まるとリズム隊だけのシンプルな演奏で歌を引き立てます。佐藤の歌も可愛らしさと大人びた感じを両立していて魅力的です。「ラプス」は温もりのあるアコギとひんやりとした幻想的なサウンドが、落ち着いて心地良い空間を作り上げます。ですがサビでは大きく盛り上げ、ポップな歌メロの魅力を引き立てます。サビのバックで刻むドラムがスリリングでカッコ良い。「Thanatos」は少し影のあるロックなイントロに、初期きのこ帝国を感じさせます。疾走感に溢れる演奏にメロディアスなギターが光ります。歌が始まると途端にテンポも落として演奏も大人しくなり、アンニュイな歌メロをフィーチャー。サビではテンポを上げて激しく疾走。緩急のついたスリリングな良曲です。「傘」は気だるく憂いに満ちた楽曲で、メランコリックな歌メロをややダウナーで心地良い演奏が引き立てます。楽曲から伝わる憂いに、思わずため息が出そうになります。間奏で聴かせるギターもエモーショナルです。「ヒーローにはなれないけれど」はキャッチーな楽曲で、リズミカルに刻むギターや躍動感のあるリズム隊が爽快で、自然と身体がリズムを刻み出します。歌も明るいトーンで、サビでの「ダーリンダーリン どこへ行こう?」の歌詞も耳に残ります。そしてきのこ帝国屈指の名曲「金木犀の夜」。透明感のあるギターに淡々と刻むリズムが心地良いイントロ。佐藤の歌は柔らかい質感で、聞き取りやすい声で歌う感傷的な歌詞も耳に残りますね。キャッチーなメロディラインも素晴らしいです。Cメロの、思いをぐるぐる巡らせている歌詞と歌唱が特に好みです。「中央線」はキレのある演奏でイントロから爽快感に溢れています。勢いのあるギターロックで、早口気味に歌うボーカルの裏でバキバキとしたベースもカッコ良い。「Humming」は40秒ほどの小曲で、ピアノと「ラララ…」だけのシンプルな楽曲が心地良いです。続いて「LIKE OUR LIFE」はアコギ主体の温もりある演奏に、落ち着いたボーカルがゆったりと漂うような浮遊感を与えてくれます。「タイトロープ」は前曲と対照的に、イントロからノイジーで鈍重なサウンドを轟かせます。そしてややハスキーで色気のある歌声が憂いのあるメロディを歌います。緩急つけていますが本作中最もヘヴィな演奏で、かつダウナーですが、歌には心地良さも感じられます。「カノン」はリズム隊が心地良いワルツを刻み、実験的かつ変態的なパートを経て、やや強引な場面転換も交えつつ盛り上がっていきます。力強い歌は少し椎名林檎っぽい。そしてラスト曲は「夢見る頃を過ぎても」で、ストリングスも活用したスケール感のある楽曲です。後半に向かうにつれ感情的になっていくメロディアスな歌を演奏が引き立て、とてもドラマチックです。

 オルタナ感のあるバンド演奏をきちんと聴かせつつ、ポップな歌メロも両立した良質な楽曲の数々で魅せてくれます。バランスが良くて完成度の高い、きのこ帝国の集大成とも言える名盤です。
 谷口の脱退に伴い、本作の翌年にバンドは活動休止へ。元々ソロ活動も並行していた佐藤をはじめ、谷口以外のメンバー3人はソロや音楽活動を続けています。

タイム・ラプス
初回限定盤 (2CD)
きのこ帝国
タイム・ラプス
通常盤 (CD)
きのこ帝国
 
 
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