🇨🇦 Rush (ラッシュ)

スタジオ盤②

シンセポップ期

Signals (シグナルズ)

1982年 9thアルバム

 前作から更にシンセサイザーの度合いが強くなりました。前作までかろうじて残っていた大作は完全に姿を消し、プログレをエッセンスに持ちつつも、テクノポップ寄りに進化した作品です。時代の流れに合わせて音楽性を柔軟に変えられる姿勢こそ、本来の意味でのプログレッシヴ(進歩的)な姿勢でしょう。音楽性を柔軟に変えつつ、クオリティは損なっていないので流石ですね。シンセ路線では次々作が好みですが。笑
 長らくラッシュを支えたテリー・ブラウンがプロデュースしていますが、本作がラッシュとの最後の仕事となりました。

 シンセが幻想的で、かつ荘厳な雰囲気を醸し出すオープニング曲「Subdivision」で幕開け。ベースもブイブイと鳴り、大人びた歌を披露するマルチプレイヤー、ゲディ・リーの独壇場…とはいかず(?)、ニール・パートの複雑なドラムプレイもやはり惹きつけるのです。アレックス・ライフソンのギターは間奏でソロを披露するものの、楽曲の雰囲気を壊さぬよう控えめなプレイです。続く楽曲「The Analog Kid」ではイントロのギター、ベース、ドラム一体となったフレーズがカッコいい疾走曲。シンセによる味付けはありますが、本作で最もアレックスのギターが聴ける楽曲でしょう。少しメタリックだけど、リズミカルで疾走感のある爽快な1曲です。「Chemistry」はシンセとギターの織り成すイントロから音圧が高いですね。歌が始まると一気にシンプルになりますが、間奏などの包み込むようなサウンドは心地良いです。「Digital Man」はギターやリズミカルなドラムがレゲエっぽく、ポリスに通じます。ブイブイ唸るベースがカッコ良い。終盤のスペイシーなシンセの味付けについてはミスマッチ感がありますが。笑
 アルバム後半は「The Weapon」で開幕。ひねたメロディにリズムも独特で、異彩を放つ1曲です。終盤の演奏は少し実験的で、プログレ精神を感じさせます。続く「New World Man」はレゲエのエッセンスを取り入れています。同じフレーズを反復するレゲエの心地良いリズムに浸っていると、途中で加速してアップテンポの別楽曲のように変貌。この疾走感が心地よいです。これもポリスっぽいんだよなぁ。「Losing It」は憂いのある楽曲で、ゲディの歌は穏やかに哀愁を漂わせています。ゲストのベン・ミンクによる電子ヴァイオリンと、ニールの複雑なドラムが印象的。ラストは「Countdown」。重厚なシンセでシリアスな雰囲気がありますが、中盤ゴリゴリとしたベースが出てくる辺りから、リズミカルで往年のラッシュっぽい晴れやかさが垣間見えます。ちなみにNASA局員のアナウンスをサンプリングしたのだとか。

 強烈なパンチ力のある楽曲に欠けるため、シンセ路線では次作や次々作に劣るものの、佳曲の揃った聴きやすい作品です。プログレ路線は脱却しましたが、マンネリ化せずに新しいことを積極的に取り入れる姿勢がラッシュの高い評価の一因かもしれません。

Signals
Rush
 
Grace Under Pressure (グレイス・アンダー・プレッシャー)

1984年 10thアルバム

 前作のシンセサイザー路線を更に推進した本作。プロデューサーには新たにピーター・ヘンダーソンを迎え、ラッシュと共同プロデュース。
 キャッチーで強烈なシンセサウンドとは裏腹に、なんとなく陰鬱なオーラを纏っているのも本作の特徴でしょう。全体的にレゲエ風味をほんのりと感じますが、『ゴースト・イン・ザ・マシーン』の頃のポリスに近いアプローチを感じます。ポリスも飛び抜けた技術力をもつスリーピースバンドという点で似ていますね。何気に、ニール・パートが電子ドラムを導入しています。

 ゲディ・リーの奏でるシンセサイザーが華やかな名曲「Distant Early Warning」で始まります。このわざとらしいシンセの過剰装飾がたまらなくカッコいい。コンパクトな楽曲の中にしれっと変拍子を紛れ込ませたテクニカルな1曲です。なおタイトルは「早期警戒レーダー網」のことで、「緊急事態だ警戒警報」と歌詞では警鐘を鳴らしています。それ故か、華やかなサウンドとは裏腹に、強烈な緊張感のあるとてもスリリングな1曲です。続く「Afterimage」はドライブ感のある1曲で、ハードポップのような華やかさとキャッチーさを持っています。そこまで自己主張せず味付けに徹するアレックス・ライフソンのギターが、刹那的な雰囲気を醸し出していて、とても切ない気分にさせます。歌詞も、親しい人を突然失った悲しみに暮れるというものです。そして名曲「Red Sector A」。シリアスで、そしてピンと張り詰めた緊張感があります。シンセやシーケンサーの装飾も虚しく、冷たくひんやりとした印象を受ける楽曲です。続く「The Enemy Within」も、焦燥感を煽るかのような緊張感があります。アレックスのレゲエ風のカッティングとか、ニールのパーカッションは愉快なんですけどね。シリアスな歌メロや冷たいシンセが、空気を重たくしている感じがします。
 アルバム後半、「The Body Electric」はニールのドラムをはじめ全体的にハードなサウンドが印象的。また「ワンゼロゼロ、ワンゼロゼロ、ワン」の歌詞がキャッチーで、強烈に耳に残ります。「Kid Gloves」はハードなサウンドですが、全体的にシリアスな本作においてはかなり明るい印象です。変拍子によるトリッキーなリズム感が癖になります。間奏は高速レゲエ?続く「Red Lenses」はパーカッションが賑やかです。この時代特有の、アフリカ音楽に影響を受けた神秘的な雰囲気を持ちつつ、全体を緊迫した空気が覆います。そしてラスト曲「Between The Wheels」は非常にピリピリとした、シリアスな楽曲。まるで警告のように凄まじい緊張感を放つシンセサイザー、スリリングなドラムプレイ。間奏の泣きのギターも素晴らしいと思います。とにかく異様な緊迫感です。

 時代を感じさせる作品ではありますが、シンセサイザーの華やかなサウンドに冷たさを合わせ持つ、緊張感溢れるスリリングな名盤です。

Grace Under Pressure
Rush
 
Power Windows (パワー・ウィンドウズ)

1985年 11thアルバム

 シンセ路線で最も華やかで過剰装飾された本作。1980年代らしい時代を感じる作品ですが、吹っ切っていて逆に清々しいです。いわゆる産業ロック的なキャッチーなサウンドで、比較的取っつきにくいラッシュの作品群の中では抜群に取っつきやすいです。プロデューサーにはピーター・コリンズを迎え、ラッシュと共同で制作しています。

 イントロから鮮烈なシンセサイザーが鳴り響く「The Big Money」が強烈な1曲です。めちゃめちゃポップですが、これが素晴らしい名曲。アリーナで演奏しているかのような空間の広がり。そしてゲディ・リーの歌唱も明るく楽しそうで、わかりやすいメロディは一緒に歌いたくなります。ゲディの派手なシンセやメタリックなベース、そしてシンセに負けないアレックス・ライフソンのハードなギター、後ろ側ではニール・パートの手数の多いドラム。3人がいずれもカッコいいのです。ちなみに、タイトルやチャリンと鳴る小銭のSEでわかるように、歌詞ではお金の持つ魔力について色々と列挙しています。続く「Grand Designs」もシンセによってキラキラとしています。煌びやかなサウンドに相応しいアップテンポのポップソングで、聴いていると元気をもらえます。続いてシリアスなイントロで始まる「Manhattan Project」。シンセによる華やかさはあるものの、緊迫感のあるスリリングな1曲です。特に後半に進むにつれてテンポアップし、どんどん増す緊張感に鳥肌が立ちます。そんなスリリングな演奏に乗る歌はメロディアスで、哀愁が漂います。原爆を作り上げてしまった人類の悲劇を歌う曲で、広島に原爆を落としたエノラ・ゲイ号も歌詞に出てきます。そしてオープニング曲に比肩する名曲「Marathon」。人生をマラソンに例えた応援ソングです。ゲディのベースとニールのドラムが淡々と駆ける感じを表現しているかのようで、とはいえ一筋縄にはいかないトリッキーな演奏だし、間奏では到底走れないような変拍子。笑 そしてこの楽曲の一番の聴きどころはやはり歌メロでしょう。シンセで装飾されたサビの盛り上がりは、王道ですがとてもアツくなります。最後のサビの転調とか最高ですね。とにかく元気をもらえる1曲です。
 そして5曲目「Territories」はオリエンタルで神秘的なイントロから、パンチの効いたサウンドが展開されます。他の楽曲同様シンセは鳴り響いていますが、ヘヴィなバンドサウンドを堪能できるカッコいい1曲。特にアレックスの切れ味のあるギターが活躍しています。続く「Middletown Dreams」は序盤地味ですが、サビメロはキャッチーでメロディアスです。シンセの装飾はあるものの、キレのあるギターやブイブイ鳴るベースがカッコ良いかな。時代を感じさせる「Emotion Detector」は、シンセにエスニックな雰囲気が漂います。サビの盛り上がり方がアツく、また間奏での天にも舞うようなギタープレイも良いです。そしてラスト曲「Mystic Rhythms」、シンセはド派手ですが、メロディはオリエンタルで神秘的な空気を醸し出しています。ニールのパーカッションが印象的。

 とにかくキャッチーな楽曲で溢れた本作。シンセサイザーバリバリの1980年代サウンドが好きな人におすすめの傑作です。

Power Windows
Rush
 
Hold Your Fire (ホールド・ユア・ファイア)

1987年 12thアルバム

 シンセポップ路線の最終作。前作に引き続き、ピーター・コリンズとラッシュの共同プロデュース。前作のようなシンセサイザーの過剰装飾は控えめに、落ち着きのあるシンセサウンドを展開します。大人びていてメロディアス、でも少し地味になった印象があります。

 「Force Ten」で開幕。ゲディ・リーの弾くひんやりとしたシンセから、疾走感のある楽曲が展開されます。少し影があって緊迫した雰囲気を維持しつつ、得意のリズムチェンジによる先の読めない展開で楽しませます。続く「Time Stand Still」はポップな1曲。エイミー・マンをゲストボーカルに招いており、彼女の澄んで美しいコーラスが、聞き慣れたゲディの歌声と良い具合に掛け合います。コーラスで得をしている楽曲ですね。でもポップなメロディと裏腹に、バックの演奏は変拍子で複雑です(特に終盤)。「Open Secrets」はシンセやベースなど基本はゲディがリードする楽曲ですが、時折出てくるアレックス・ライフソンの憂いのあるギターが良いですね。派手さはなくてメロウな楽曲です。「Second Nature」はまったりとしていて、優しくてメロディアス。音の選び方が時代を感じさせますね。「Prime Mover」は、柔らかなシンセの後ろでソリッドなバンドサウンドを展開します。コンパクトな楽曲の中にリズムチェンジも織り交ぜています。
 アルバム後半は「Lock And Key」で始まります。序盤はシンセが古臭く感じて退屈なものの、中盤からのハードで畳み掛けるようなサウンドにはハッとさせられます。テクニカルでアグレッシブな演奏はカッコ良いです。続いて名曲「Mission」。ゆったりとした歌が終わった瞬間に、アップテンポのキャッチーな楽曲に変貌。ポップで聴かせる歌、そしてチャーチオルガンの味付けが心地良い。そして唐突なリズムチェンジで楽しませることも忘れていませんね。展開目まぐるしくドラマチックです。「Turn The Page」はブイブイ唸るベースがカッコ良い。演奏は複雑な変拍子ですが、歌メロはキャッチーです。続く「Tai Shan」は、「泰山」という世界遺産になった中国の名山がテーマの1曲です。中華風の雰囲気で、余裕のある演奏は幽玄な景色を思い浮かべます。ラスト曲「High Water」はニール・パートのパワフルなパーカッションが印象的。アレックスのギターも、キレのあるハードな演奏で魅せます。

 メロディアスですが、アルバム全体で若干地味な印象は否めません。前作までのわざとらしい過剰装飾シンセの方がキャッチーで取っつきやすかったり…。そんな中で「Mission」や、エイミー・マンのコーラスが美しい「Time Stand Still」が光ります。

Hold Your Fire
Rush
 

脱シンセ~グランジへの接近

Presto (プレスト)

1989年 13thアルバム

 これまでのシンセポップは脱却。本作からはシンセサイザーが引っ込んで、アレックス・ライフソンのギターサウンドが前面に出てくるようになります。しかし、本作はラッシュのキャリアの中でも若干地味な印象は否めません。モノトーンのうさぎジャケットは可愛いですけどね。プロデューサーには新たにルパート・ハインを迎え、ラッシュと共同プロデュース。

 オープニング曲「Show Don’t Tell」から、複雑な変拍子を駆使したハードなイントロ。アレックスはエレキとアコギを使い分けながらメリハリのあるサウンドを聴かせます。シンセも残ってはいるものの、前作までと異なりギター主体に変わりました。続く「Chain Lightning」も複雑なイントロで魅せますが、ゲディ・リーの歌うメロディはキャッチーです。ベースの主張も強いですね。「The Pass」はシンプルなサウンドですが、メロディが良い。サビでの憂いのある爽やかさ、それを演出するギターが良い味を出しています。終盤の盛り上がり方も熱くなりますね。「War Paint」は爽やかなギターとメタリックなベースが軽快なイントロを奏でます。歌メロは少し弱いですが…。「Scars」はゲディのメタリックなベースと、ニール・パートのパーカッションがリードするリズミカルな楽曲。少し民族音楽っぽい雰囲気です。そして表題曲「Presto」。小気味良いアコギに、ベースがずしんと響きます。心地よいサウンドの良曲ですが、タイトルを背負うには少し地味な印象です。
 アルバム後半は「Superconductor」で幕開け。本作中最もハードですが、キャッチーなメロディで聞きやすいです。シャープでメリハリのあるサウンドが生み出す疾走感が爽快なハードポップ曲です。続いて「Anagram (For Mongo)」 はメロウなAOR曲。落ち着いていてメロディアスです。「Red Tide」は前作までのような派手なシンセで開幕。ゲディのメタリックなベースや、所々に華やかなシンセサウンドで魅せます。一転して小気味良いアコギが主導する「Hand Over Fist」を挟み、そしてラスト曲「Available Light」。メロディアスで切ない雰囲気を内包しており、時折ハードで緊迫感のあるパートが表れます。

 聴き流すのには心地良い曲が多いですが、印象に残る突出した楽曲に欠けるのが正直なところです。シンセが後退してギターが前面に出てきていますが、本作はそこまでハードではありません。ギター路線では次作以降に磨きをかけ、また徐々にハードになっていきます。

Presto
Rush
 
Roll The Bones (ロール・ザ・ボーンズ)

1991年 14thアルバム

 前作に引き続きルパート・ハインをプロデューサーに起用。AOR的な、優しくメロディアスな楽曲が並びます。サイコロの並んだ壁面に、頭蓋骨を蹴飛ばす少年のジャケットがクールです。

 「Dreamline」で開幕。やけにシンプルな出だしですが途中から緊迫感と疾走感を伴い、スリリングで爽快な楽曲に変貌します。アレックス・ライフソンのギターは様々に変化し、またゲディ・リーの哀愁を纏った歌もメロディアスで良いです。続く「Bravado」はメロウな1曲。ゆったりとした楽曲なので、そこまでテクニックが前面に出てるわけではないものの、変化に満ちたニール・パートのドラムが結構楽しませてくれます。あとアレックスのギターソロ、これが中々染み入りますね。そして、表題曲にして本作のハイライト「Roll The Bones」。キャッチーなシンセとエレキの掛け合い、そしてグルーヴ感のあるベース。これらがダンサブルで心地良い感覚を作り出します。しかしアコギが主導するパートになると途端に増す切なさがたまりません。また終盤ではゲディがラップに挑戦。キャッチーさを持ちつつも、1曲の中で変化に富んだ展開が面白いです。「Face Up」はキラキラとしたシンセとブイブイ唸るベース、そしてコーラスを駆使したノリの良い歌などゲディの独壇場といった感じ。跳ねたリズム感が気持ち良いです。続いて「Where’s My Thing?」は久々のインストゥルメンタル。アレックスのギターが緊張感を生み、時折表れるキラキラとしたシンセが程よい哀愁を振り撒きます。流石に若い頃のような尋常でない緊張感と比べるのは酷ですが、円熟味も増した演奏で聴かせてくれます。
 アルバム後半は「The Big Wheel」で開幕。煌びやかなシンセで味付けされたメロディアスな楽曲ですが、自然にリズムチェンジしてバンドサウンドを前面に出してきます。続く「Heresy」はメロウな雰囲気で、ゲディの甘い歌声が心地良い。派手さはないもののメロディが良いですね。少しシリアスな空気の「Ghost Of A Chance」は、終盤のアレックスのギターソロが素晴らしい。泣きのギターがとても染み入りますが、こんな音色も弾けるんですね。続く「Neurotica」は緊張感のあるサウンドから、少し暗いけど耳に残るキャッチーなメロディが印象的です。そして最後の「You Bet Your Life」。明るく爽やかで、メロディよりもサウンドの華やかさで魅せてくれます。気持ちよい気分でアルバムを締め括ります。

 ラッシュ流AOR。メロディアスでポップな楽曲が並ぶため、聴き心地の良い作品です。それでいてラップの導入だったりと、新しいことにも挑戦しています。

Roll The Bones
Rush
 
Counterparts (カウンターパーツ)

1993年 15thアルバム

 『パワー・ウィンドウズ』と『ホールド・ユア・ファイア』をプロデュースしたピーター・コリンズを再び起用。しかしシンセポップには振れてはおらず、当時大流行していたグランジを取り入れてラッシュ流に解釈した作品です。これがなかなかの傑作に仕上がった1枚で、1990年代以降のラッシュ作品では一番よく聴きます。

 オープニングは名曲「Animate」…某アニメグッズ専門店ではありません。笑 ニール・パートのドラムで開幕しますが、イントロはメタリックで冷たい印象があります。ゲディ・リーのグルーヴ感抜群のベースが光りますね。そしてゲディの歌が始まると「~ize me / ~ate me (私に~してくれ)」と語感の良いフレーズが並びます。ややダウナーな感じがあるものの、キャッチーなメロディは耳に残ります。続く「Stick It Out」はグランジに強く影響を受けた1曲で、イントロから引き込まれます。アレックス・ライフソンの弾くギターリフはこれまでになくヘヴィに歪んでおり、凄まじい緊張感を放ちとてもスリリング。ニールのドラムも炸裂していますね。迫力満点でカッコ良い名曲です。「Cut To The Chase」は静と動の対比がくっきりしています。静かに始まるものの、歌の途中からヘヴィでグルーヴ感のあるサウンドが顔を出します。間奏ではヘヴィメタル的なギターソロも出てきたり。続いて「Nobody’s Hero」は影のあるアコギで始まります。ゲディの歌には哀愁が漂い、サビではヘヴィなエレキやストリングスが、哀愁のメロディを強く引き立てます。切ない楽曲です。「Between Sun & Moon」はバッキバキのメタリックなベースや、変化に富んだダイナミックなドラムが魅力的。メロディはサビだけがキャッチーなのでリズム隊に注意がいきがちですが、そのキャッチーなサビ部分は耳に残りますね。「Alien Shore」は抜群のグルーヴ感を持つ1曲。ノリの良いリズム隊、特にグルーヴィなベースが爽快です。なおアレックスのギターは変化に富んでおり、序盤爽やかな印象を抱かせたかと思えば、中盤以降はヘヴィな音色を時々挟んでメリハリを付けてきます。「The Speed Of Love」はメロウで穏やかな印象…ですが、聴き進めていくと緊張感が増してきます。ゆったりとはさせてくれませんね。そして「Double Agent」、ヘヴィなアンサンブルがとてもスリリングな楽曲です。高い緊張感を保ちながら変化に富んだ目まぐるしい展開で、プログレ時代の往年の名曲を想起させます。表現手法は変わったものの、根っこは昔からのラッシュですね。「Leave That Thing Alone」はインストゥルメンタル。相変わらずテクニカルなリズム隊が楽曲の緊張感を保ち、アレックスのギターは優美で柔らかいです。「Cold Fire」は激しくて疾走感のある演奏パートと、円熟味のあるゆったりとした歌メロの対比が凄い。後半辺りからはこれらが融合して、細かく刻むニールのドラムをはじめスリリングな演奏に歌が乗っかります。そして最後に「Everyday Glory」。緊張感のあるアルバムの締め括りは晴れやかな楽曲。アレックスの開放的なギターやゲディの爽やかな歌が、どこまでも広がる空をイメージします。

 全体的にヘヴィで、そしてスリリングな楽曲が詰まっています。それでいてポップなメロディも所々に見られ、キャッチーさも忘れていません。素晴らしい傑作です。

Counterparts
Rush
 
Test For Echo (テスト・フォー・エコー)

1996年 16thアルバム

 前作の後、ゲディ・リー(Vo/B)は生まれたばかりの娘のために家で過ごし、その間にアレックス・ライフソン(Gt)はソロアルバムをリリース、ニール・パート(Dr)はジャズ・ドラマーのフレディー・グルーバーに師事してドラムを学んでいます。そしてしばしの休息期間を終えて3年ぶりとなる本作をリリース。共同プロデューサーは前作に引き続きピーター・コリンズで、前作の路線を深化させた作風になっています。

 表題曲「Test For Echo」でアルバムは開幕。初っ端から憂いのあるサウンドですが、すぐさま唐突に表れる、凄まじくヘヴィでアグレッシブな展開に驚かされます。アレックスのヘヴィなギターにゲディのメタリックなベース、バタバタと忙しないニールのダイナミックなドラム。そして緊張感から解き放たれると、ゲディのメロディアスな歌が続くという…。全体的にとてもスリリングな楽曲で、タイトルを冠するに相応しい名曲です。「Driven」もスリリングな楽曲です。神経質で重苦しいイントロは焦燥感を煽り立て、そこから目まぐるしく展開します。グランジのようにヘヴィなギターとベース、さりげなく複雑なリズムを刻むドラム。異様な緊張感に満ちています。「Half The World」は開放的なギター音にグルーヴ感のあるベースが、爽やかでノリの良い印象を抱きます。後半は牧歌的な空気と雑多で荒々しい音が同居していて、不思議な感覚です。骨太なベースが強烈な「The Color Of Right」は、中高音域で歌われるメロディアスな歌が魅力的。そして、どことなく邦楽っぽい印象。「Time And Motion」は本作中最もダークな楽曲。ヘヴィなリフは重たく暗鬱で、凄まじい緊迫感に満ちています。そしてリズムチェンジを駆使し、ダークさは維持しつつも雰囲気を絶妙に変えてきます。一転して「Totem」は爽やかな印象。グルーヴィなリズムが気持ち良く、特にニールのダイナミックなドラムが良いですね。「Dog Years」は高速で地を這うようなメタリックなリフが強烈なインパクト。歌はどこか切なさを纏っています。「Virtuality」はダーティでメタリックなリフが強烈。グランジ色が強いです。硬質なバラード「Resist」を挟んで、インストゥルメンタル「Limbo」。メタリックでヘヴィ、そしてダークな雰囲気があります。ゲディのコーラスワークは往年の名曲「2112」をうっすら想起させたり。相変わらずインストだけでも楽しめます。ラスト曲は「Carve Away The Stone」。ヘヴィに歪んだギターサウンドと対照的に、明るくて少しだけ切ないメロディアスな歌が良いですね。

 全体的にヘヴィで、緊張感に満ちたスリリングな作品です。これも中々の名盤ですね。
 さて本作リリース後、ニールは立て続けに不幸に襲われることになります。1997年に交通事故で娘を、翌年には癌で妻を失い、悲嘆に暮れるニールは放浪の旅に出ることに。そして1998年からラッシュはしばらく活動休止期間に入ります。

Test For Echo
Rush