🇨🇦 Rush (ラッシュ)

スタジオ盤③

ハードロック回帰

Vapor Trails (ヴェイパー・トレイルズ)

2002年 17thアルバム

 立て続けに家族の不幸に見舞われたニール・パートは悲嘆に暮れ、ラッシュは1998年から活動休止に。一時はバンドの解散も囁かれていたそうです。しかし88,000kmにも及ぶ放浪の旅から戻ったニールは意欲を取り戻し、2001年にラッシュは再び活動を再開しました。そして翌年に本作をリリース。ポール・ノースフィールドによってプロデュースされました。
 なおメンバーは本作のミックスに不満を持っており、2013年には『Vapor Trails – Remixed』と題して、リマスターではなくミックス調整し直したものを再度リリースしています。私はオリジナルミックスは聴いていないのですが、他のサイトのレビューを見るに、オリジナルは音圧がかなり強く圧縮されており、リミックスは音の分離がクリアで各楽器のバランスも良くなっている…という違いがあるみたいですね。私は廉価Boxで入手した『Vapor Trails – Remixed』の方をレビューします。

 オープニング曲「One Little Victory」は、開幕から凄まじい気迫のニールのドラムに圧倒されます。アレックス・ライフソンのギター、ゲディ・リーのベースも負けじと非常にヘヴィ…これまでこんなにヘヴィじゃなかったよね?その力強さにラッシュ復活のメッセージがこもっている気がします。このパワフルな1曲が本作を大きく牽引しています。続く「Ceiling Unlimited」はアップテンポの明るくキャッチーな楽曲。アレックスは開放的なギターをかき鳴らしまくり、そしてドラムもパンチの効いた力強いサウンドで弾けています。「Ghost Rider」はメタリックなベースが強烈。メロディアスで憂いのある歌が切ないです。「Peaceable Kingdom」は抑揚の少ないメロディがモダンな感じ。時折強烈に重たいサウンドが、音の津波のように呑み込んできます。「The Stars Look Down」はシリアスな雰囲気があるものの、リズムは縦ノリで爽快。そしてエレキとアコギを時折入れ替えて、楽曲の雰囲気をがらりと変えてきます。「How It Is」は爽快なアップテンポ曲ですが、後半は切なくてメロディアスです。挫折してどうにもならないこともある、そういうものさ…というような諦めたような歌詞がとても切ない。そして表題曲「Vapor Trail」はメロディアスで哀愁が漂う楽曲。ドラム、ベース、ギターそれぞれに聴きどころが用意されています。「Secret Touch」はファルセットを用いた怪しげな歌に浸っていると、突如始まる凄まじく緊迫した演奏に気圧されます。グルーヴ感のあるスリリングな疾走曲です。「Earthshine」はシリアスでメロディアス。全体的にヘヴィでダークなサウンドですが、アコギをかき鳴らしたり、伸びやかなギターソロを聴かせたりと変化に富んでいます。緊迫感に溢れるイントロで始まる「Sweet Miracle」は影のある歌メロを聴かせます。「Nocturne」はニールのダイナミックなドラムが魅力的。音数少なく始まりますが、徐々に音が分厚くなっていきます。部分的にですが、残響音にポストロックのような印象を抱きます。「Freeze (Part IV Of “Fear”)」は、アレックスの独特のリフ…短くスパッと切ったリフが不思議な感覚を生み出します。今までにない感覚です。ラストは「Out Of The Cradle」。疾走感に溢れた気持ちの良い1曲でアルバムを締め括ります。

 これまで用いてきたシンセに変わり、アレックスのギターが隙間を埋め尽くしています。分厚くヘヴィなサウンドは迫力満点です。
 
左:2013年の『Vapor Trails – Remixed』。本レビューはこちらになります。メンバーが納得するミックスなので、初めて聴く人は素直にこちらで良いかと思います。
右:2002年リリースのオリジナル。ジャケットが暗い感じ。リミックスと音の違いを聞き比べても良いかもしれませんね。

Vapor Trails – Remixed
Rush
Vapor Trails
Rush
 
Feedback (フィードバック)

2004年 EP

 30分に満たないミニアルバムで、ラッシュが影響を受けたであろうアーティストのカバー楽曲集になります。デヴィッド・レオナルドのプロデュース。ちなみに初期ラッシュがもろに影響を受けているであろうレッド・ツェッペリンの楽曲はカバーしていないんですね…ちと残念。正直、オリジナルを知ってる楽曲がほとんどないという…。

 「Summertime Blues」はエディ・コクランという人のカバーで、多くのアーティストがカバーしている楽曲。アレックス・ライフソンのブルージーなギターを中心に、軽快なハードロックを展開。ニール・パートのドラムも激しく炸裂します。キーが低いこともあってか、ゲディ・リーの歌声も老いを感じさせません。続いてヤードバーズの「Heart Full Of Soul」。哀愁漂うメロディが切ないです。あまり古臭さを感じないですね。「For What It’s Worth」はバッファロー・スプリングフィールドのカバー。ゆったりとした楽曲です。「The Seeker」ザ・フーの楽曲。アレックスのギターの音色に初期ラッシュを想起させますが、歌は落ち着いていますね。「Mr. Soul」もバッファロー・スプリングフィールドのカバー。ブルージーな渋いリフや、うねるようなベースが印象的です。「Seven And Seven Is」はラヴというバンドの楽曲。タッタカタッタカとニールの軽快なドラムを中心に、疾走感に溢れています。煽られているかのような、でも愉快な雰囲気です。そして再びヤードバーズのカバー「Shapes Of Things」。ノリに古臭さがあるのは仕方ないですね。でもキャッチーなメロディで楽しめます。珍しくアレックスのギターがキンキンと鳴っています。ラスト曲「Crossroads」クリームで有名ですが、オリジナルはロバート・ジョンソンだそう。ノリの良いリズム隊と荒っぽいギターが作る雰囲気は、古臭さはあるものの素直にカッコ良いです。身体が自然とリズムを刻む、ロックンロールの楽しさを伝えてくれる1曲です。

 全てカバー曲ですが、原曲をほぼ知らないこともあり、ラッシュの新曲のように楽しめます。サクッと聴ける短さも良いですね。

Feedback (紙ジャケット)
Rush
 
Snakes & Arrows (スネークス・アンド・アローズ)

2007年 18thアルバム

 カバーアルバムを除けば5年ぶりとなる新作。これまでの作品を彷彿とさせるフレーズが所々に出て来るのが嬉しいところ。インストゥルメンタルも3曲収められています。共同プロデューサーとしてニック・ラスクリネクを迎えています。

 開幕「Far Cry」はイントロからヘヴィなリフが炸裂します。プログレ時代を彷彿とさせるフレーズを散りばめながら、キャッチーなメロディをテクニカルなサウンドで飾ります。変拍子を平然と叩くニール・パートのドラムは相変わらずダイナミックで、アレックス・ライフソンのギターは『神々の戦い』の頃のような懐かしい音色を奏で、ゲディ・リーはメタリックなベースを弾きながら艶のある歌声でキャッチーなメロディを歌います。名曲です。「Armor And Sword」はゆったりとしたテンポで、円熟味のあるメロディアスな歌を聴かせます。それでいて後半はダークでヘヴィな展開。中々スリリングです。続く「Workin’ Them Angels」は、ギターの音色にやはり往年の楽曲がちらつきます。複雑な変拍子を支えるドラムもスリリングですね。ですが懐メロ大会には陥らず、民族楽器を用いて新たな試みも見られます。「The Larger Bowl」はアコギの音色が気持ち良く、また耳馴染みの良い落ち着いたメロディにはどこか懐かしさを覚えます。一転して「Spindrift」はヘヴィなサウンドでダークな世界観を演出。悲壮感のあるギターとメタリックなベースが強烈です。続く「The Main Monkey Business」はインスト曲。音が込み入っていてごちゃついた印象を受けますが、神秘的な雰囲気もあります。後半に向かうにつれて緊迫感を増していくので、とてもスリリングです。「The Way The Wind Blows」は、ブルージーで泥臭いエレキパートと憂いのあるアコギパートを交互に繰り返します。ここまでブルース色が出ているのは最初期以来でしょうか?全体的に哀愁が漂います。短いインスト「Hope」はアレックスのギターソロ曲で、12弦ギターの温もりのある音色に癒されますね。メロディアスな「Faithless」を挟んで、「Bravest Face」は渋くて哀愁漂う楽曲。終盤の訴えかけるような歌唱が胸に響きます。ヘヴィな演奏と少し気だるげな歌唱の「Good News First」に続き、3つめのインスト曲「Malignant Narcissism」。メタリックなベースと力強いドラムによるリズム隊が強烈ですね。2分ちょっとで終わるのが物足りないです。そして最後に「We Hold On」。ヘヴィですが渋さも兼ね備えた1曲です。

 懐かしいフレーズを散りばめながら、年相応の渋さも出しています。後半が弱い気がしますが、インスト曲など聴きごたえのある楽曲もあります。

Snakes & Arrows
Rush
 
Clockwork Angels (クロックワーク・エンジェルズ)

2012年 19thアルバム

 ラッシュの最新アルバムにして最終作。ほぼ最初期から最後までゲディ・リー(Vo/B)、アレックス・ライフソン(Gt)、ニール・パート(Dr)の不動の3人で駆け抜けてきました。本作は母国カナダで1位、米国でも2位と、海外での人気の高さは変わらずですね。日本で知名度が低いのが不思議なくらいです。
 メンバーの年齢的には老いが表れてもおかしくないはずなのに、キャリア屈指のヘヴィさを持つパワフルなヘヴィメタル作品に仕上がっています。プロデューサーは前作に引き続きニック・ラスクリネクツ。66分と、全オリジナルアルバム中最長の作品でもあります。

 オープニング曲は「Caravan」。イントロからおどろおどろしいダークな空気が漂い、メタリックな演奏が展開されます。暗くて重厚な雰囲気を作るギター、グルーヴ感のあるメタリックなベース、一撃が重たいドラム…強烈なヘヴィメタル曲です。「BU2B」は強烈なエコーを効かせたアコギから、暗鬱でメタリックな楽曲へと変貌。アレックスのギターは緊迫感を煽り、力強いリズム隊が重低音を響かせながらピリピリとした空気を演出します。サビではシリアスさ全開なメロディですが、意外とリズム隊はグルーヴ感抜群だったり。終盤の殺気に近い緊迫感は凄まじいです。続いて表題曲「Clockwork Angels」は7分半の大作。緊張感のあるスリリングな演奏は、時折ゆったりとしたパートを挟み、そしてまた強烈な緊張を強いてきます。ドラマチックで悲壮感のあるメロディは救いがなく、切ない気分にさせますね。タイトルを背負うに相応しい、気合いの入った1曲です。「The Anarchist」は疾走曲。相変わらず強い緊迫感を伴うものの、ニールのダイナミックなドラムやゲディのグルーヴィなベースが、爽快な疾走感も生み出してくれます。「Carnies」はやや派手な序盤に往年のヘヴィメタル(ラッシュがシンセポップしてた頃の同時代のバンドのような音)を想起させますが、歌は暗くメロディアス。疾走感のある演奏は心地良いです。「Halo Effect」はバラード曲。短いながらもドラマチックです。ゴリゴリベースが際立つ「Seven Cities Of Gold」を挟んで、「The Wreckers」は爽やかな1曲。『テスト・フォー・エコー』の頃のような開放的な音に、ポップでメロディアスな歌が心地良い。終盤はドラマチックです。「Headlong Flight」は7分超の楽曲。テクニカルなイントロがとてもカッコ良くてスリリングです。緊張感と疾走感を保ちながら、影のある歌メロパートに突入。部分的にスピードを落とすパートを交えて、また疾走して…と、緩急つけて飽きさせません。ニールの超速ドラムも聴けたり、メタリックなギターとベースもスリリング。後半のハイライトですね。ストリングスをバックにゲディが歌う「BU2B2」を挟んで、晴れやかなアップテンポ曲「Wish Them Well」。かなりヘヴィなサウンドですが、明るいメロディが救いです。そして最後に「The Garden」。アコギが優しい音色を奏でたかと思えば、物悲しい雰囲気へと変わるドラマチックな楽曲です。終盤の美しいピアノと、直後の泣きのギター、そして壮大なサビメロにはこみ上げるものがあります。

 メタリックで緊張感に溢れる作品を生み出してくれました。リリース時点ではラストアルバムと予告されていたわけでもありませんが、とても気合いの入った1枚です。

 本作のリリース後にツアーを行い、2015年にはデビュー40周年となるR40ツアーを敢行しました。しかし腱鞘炎悪化のため、ニールはツアー引退を発表。2018年にはアレックスも「ツアーやレコーディングの予定は全くなく、基本的には終わった」とインタビューで語り、ラッシュは事実上の解散となりました。2020年1月7日にはニールが亡くなり、もうこの3人での音楽が聴けないのは残念です。
 音楽性は変化しながらも常に高いクオリティを維持し続け、名盤を数多くリリースした素晴らしいバンド、ラッシュ。彼らの残した作品を聴き続けたいと思います。

Clockwork Angels
Rush
 
 

ライブ盤

All The World's A Stage (世界を翔けるロック)

1976年

 『閃光のラッシュ』から『西暦2112』までの時期のライブを収めた、ラッシュ初のライブ盤です。1976年の、母国カナダのトロント公演を収録したのだそうです。スタジオ盤同様にテリー・ブラウンのプロデュース。

 大歓声で迎え入れられ、「Bastille Day」で開幕。若干の音質の悪さも相まって荒々しい印象ですが、テクニカルな演奏はライブでも変わらず、そしてゲディ・リーはシャウト気味のパワフルな歌唱で圧倒します。「Anthem」はアレックス・ライフソンのギターリフと、バタバタ忙しいニール・パートのドラムが印象的ですね。レッド・ツェッペリン直系のブルージーなハードロックを展開します。続いて「Fly By Night / In The Mood」。アップテンポでキャッチーなメロディが魅力的な前半パートは、ギターよりも目立つゴリゴリ唸るベースが強烈ですね。後半パートにブルージーなロックンロールをくっつけています。「Something For Nothing」は静と動のメリハリのある1曲。メロウな演奏に浸っていると、ザクザクと切れ味の鋭いリフにノックアウト。間奏はスリリングな演奏を披露します。終盤はハイテンションで駆け抜けます。「Lakeside Park」を挟んで、大作「2112」。オリジナルは全7パートから成る組曲ですが、ライブではピックアップして5パート分なので完全再現ではありません。とはいえ場面転換が多くてドライブ感のあるスリリングな演奏は白熱しますね。リズムチェンジを駆使して複雑な楽曲構成なのに、3人の息ぴったりの演奏には感服します。続く「By Tor & The Snow Dog」は12分に渡る楽曲で、本作の聴きどころの1つです。序盤は疾走感に溢れ、縦横無尽に動くベースラインと手数の多いドラムが爽快感を生み出しています。間奏ではノイジーで幻覚的なギタープレイを堪能できます。後半に混沌としたサイケデリックなパートもあったり、変化に満ちて中々スリリングな1曲です。「In The End」はバラード。序盤ゆったりとしていますが、中盤から盛り上がってきます。メロウな演奏が心地良い。「Working Man / Finding My Way」は2曲セットで15分。ブルージーで骨太のハードロックを展開し、シャウト尽くしのゲディの歌も爽快。終盤にスリリングなニールのドラムソロを交えて終了。そしてアンコールで「What You’re Doing」。バキバキとメタリックなギターとベースのリフが強烈ですが、ドタバタと激しいドラムもスリリングです。

 約80分の充実したライブ盤です。この頃のスタジオ盤は出来がまちまちなので、勢いに溢れるこのライブ盤で最初期を網羅しても良いかもしれません。

All The World’s A Stage
Rush
 
Exit...Stage Left (ラッシュ・ライヴ~神話大全)

1981年

 ジャケットアートには『夜間飛行』のフクロウ、『神々の戦い』のジェントルマン、『パーマネント・ウェイヴス』のパンチラ少女と、これまでの作品に登場したキャラクター達が並びます。これら作品から選曲されており、自分の出番を舞台袖で待つというお茶目なジャケットですね。
 この頃は複雑で難解な楽曲も多いですが、ラッシュの場合は「多少ラフになっても勢いを重視する」のではなく「スピードを犠牲にしてでも楽曲の世界観を3人で完全再現する」という選択をしています。サポートを起用せず3人で再現するため、楽曲によっては、たとえばゲディ・リーはシンセを弾きベースペダルを踏みながら歌ったりするわけですね(そんな彼は「練習の鬼」の異名を持ちます)。その心意気は素晴らしいですが、反面スピードを若干落としたりする部分についてはスタジオ盤の演奏の方が魅力的だったりして。

 ライブは名曲「The Spirit Of Radio」で開幕。アレックス・ライフソンのテレテレと小気味良く鳴るギターと、ゲディのバキバキとした硬質なベースが強烈です。テクニカルな演奏と裏腹にキャッチーなメロディで耳に心地よいです。続く「Red Barchetta」はくっきりとしたベースが印象的。この楽曲はコード進行が素晴らしいのか、メロディアスな歌が良いのか、聴いていると感傷的な気分にさせます。テクニカルな演奏も聴きごたえがあり、惚れ惚れする1曲です。そしてラッシュ最強のインストゥルメンタル「YYZ」。緊迫感に満ちた演奏に圧倒されます。爆音ベース、音量がおかしい。笑 中盤にはニール・パートのドラムソロが含まれており、要塞のようにドラムセットに囲われたニールが数多くの打楽器を用いて、そのテクニックを余すことなく見せつけます。手数の多い彼のドラミングには改めて感服します。「A Passage To The Bangkok」ではアレックスのヘヴィなギターが、少し怪しげでミステリアスな中華風の雰囲気を醸し出します。続いて「Closer To The Heart」は会場が大合唱する名曲。元々メロディアスな楽曲ですが、観客の合唱が合わさるとより感動的です。このライブの聴きどころだと思います。「Beneath, Between & Behind」は初期の楽曲ですが、シャウト気味の原曲とは異なり、ゲディはシャウトを用いないハイトーンボイスで歌っています。ドラムがとてもスリリングです。「Jacob’s Ladder」はミドルテンポで同じフレーズを反復しながら、力強く前進するようなイメージ。シンセがスペイシーな感覚を生み出します。そしてアレックスの短いギターソロ「Broon’s Bane」。憂いのあるアコースティックサウンドが心地良いです。そのまま「The Trees」に繋ぎ、トリッキーなリズムで展開します。シンセやギターが作る浮遊感と、ベースとドラムが生み出す緊迫感がスリル満点です。大作「Xanadu」は若干の音質が悪いものの、逆にパワフルな音の塊がスリリングな演奏を繰り広げていて魅力的です。ですが加速パートがオリジナルより遅く、これがスリルを減らして相殺しているのが少し残念。続いて「Freewill」ではキャッチーなメロディで魅せます。でも歌に負けず演奏も凄まじくて、特にゲディは1人で何役こなすのでしょうか(終盤の超ハイトーンは流石にキツそうですが…)。ニールのドラムも、圧倒的なテクニックを見せつけます。そしてスペイシーなシンセで始まる「Tom Sawyer」へ。これも前曲同様、キャッチーで甘いメロディの裏で、凄まじい緊張感を放つ演奏のギャップが凄いですね。最後はインストゥルメンタルの「La Villa Strangiato」。シンセで飾り付けられていたり、ちょっとしたアレンジが加えられています。唯一、中盤のスリリングなパートがオリジナルより少し遅いのだけが気になりますが、全体通してとてもスリリングで、聴きごたえのある1曲です。

 当時のベスト選曲なのでこれ1枚!…と言いたいところですが、3人で演奏を再現するために一部楽曲でスピードが僅かに犠牲になっているのがちょっと気になったりします。あと音質が若干悪いですね。でも迫力のライブであることは間違いなく、ラッシュのライブ盤ではこれが1番だと思います。

Exit… Stage Left
Rush
 
A Show Of Hands (ラッシュ・ライヴ~新約・神話大全)

1988年

 シンセポップ期のライブを収録した、ラッシュのライブ盤第3弾です。楽曲はコンパクトになり大作は姿を消しましたが、短い楽曲の中にリズムチェンジや変拍子等のギミックを仕込んだりして、テクニカルな一面は健在です。キャッチーな名曲も多く、プログレ全盛期よりも取っつきやすいですね。

 大歓声で迎え入れられて、ライブは名曲「The Big Money」で開幕。シンセで過剰装飾されたド派手なイントロや、ゲディ・リーの明るい歌メロはキャッチーで、ライブのオープニングにぴったりですね。ベースもブイブイと唸りを上げ、ゲディの独壇場といった1曲でしょうか。シンセポップ期はアレックス・ライフソンのギターは控えめですが、ディレイの効いたサウンドはシンセとの相性も良く、またギターソロも聴かせてくれます。続く「Subdivisions」ではゲディが荘厳なシンセで説き伏せ、そしてニール・パートの手数の多いテクニカルなドラムがスリリングで緊迫した空気を作ります。ベースがとても硬質でマッチョですね。「Marathon」は元気を貰える名曲。マラソンで駆け抜けるかのような、ノリの良い跳ねたリズムが気分を高揚させます。そしてメロディアスなサビは感動的ですね。そして何気に間奏は複雑なリズムを刻みます。続く「Turn The Page」はニールが複雑な変拍子を叩き、ゲディがブイブイとベースを唸らせます。演奏で魅せつつも、キャッチーな歌メロも中々良いんです。「Manhattan Project」は原爆を歌った1曲。メロウな序盤からどんどん緊迫してスリルを増していきます。ハードなギターとベースに加えて、壮大なストリングスが恐怖感を煽る煽る…名曲です。続いて「Mission」はしっとりとした歌から一転、一気に爽やかさを出してきますね。武骨なバンド演奏、祝福するかのようなチャーチオルガンとギター…展開目まぐるしい1曲向きです。「Distant Early Warning」は変拍子を駆使したテクニカルなイントロに惚れ惚れしますね。華やかなシンセの音色と裏腹に、冷たく緊迫した空間を演出します。独特のベースラインはポリスっぽいですね。キャッチーで、それでいてヒリヒリと鋭利なサウンドがスリリングな名曲です。「Mystic Rhythms」は少しエスニックで神秘的な香りを漂わせつつ、華やかなシンセで魅せます。ハードなギターと硬質なベースが印象的な「Witch Hunt」でヘヴィな一面を見せた後は、ニールのドラムソロ「The Rhythm Method」。疾走感に溢れるダイナミックなドラムは変化に富んでおり、とてもスリリングで楽しませてくれます。世界トップクラスのドラマーだと思います。続いて疾走曲「Force Ten」。勢いの中に憂いのある刹那的な楽曲です。間奏で暴れ回るベースがカッコ良い。エイミー・マンのコーラスが美しい「Time Stand Still」を挟んで、緊迫感のある名曲「Red Sector A」。ライブ終盤ですが、ダレることなく凄まじい緊張感を放ちます。そして最後は「Closer To The Heart」。メロディアスでコンパクトな楽曲ながらも、じっくり聴かせる部分と、疾走感やテクニックで楽しませる部分とを内包していて楽しい1曲ですね。即興的なゲディのベースソロも聴けます。

 前回の『ラッシュ・ライヴ~神話大全』のように一部楽曲のスピードを犠牲にすることもなく、高い再現力で名曲の数々を演奏します。シンセポップ期の名曲揃いなので、この時期の入門盤にも向いているかもしれません。

A Show Of Hands
Rush
 
Time Machine 2011: Live In Cleveland

2011年

 「タイムマシン・ツアー」と題したライブの一環で、2011年4月の米国オハイオ州クリーヴランドでの公演を収録しています。2枚組で全26曲、2時間半近い大ボリュームです。丁度30年前にリリースした名盤『ムーヴィング・ピクチャーズ』、これの全曲再現が行われているのが本ライブの目玉でしょう。また、リリース前の『クロックワーク・エンジェルズ』より、「BU2B」と「Caravan」がお披露目されています。

 Disc1、ライブのオープニングは「The Spirit Of Radio」。大歓声に迎え入れられて、アレックス・ライフソンの印象的なギターで開幕。ゲディ・リーの歌声は、老いもあり高音がかなりきつそうです。歌以外は結構原曲に近くて流石です。「Time Stand Still」は、テープでしょうがエイミー・マンの美しいコーラスの虜になります。「Presto」は前半は軽やかなアコギと骨太なベースがリードし、後半は包み込むようなシンセと切ないエレキが感傷的な気分にさせます。続いて名曲「Stick It Out」。グランジ的な重たすぎるリフがとにかくカッコ良いですが、間奏でのギターソロも中々聴かせてくれます。「Workin’ Them Angels」は変拍子を交えた複雑なリズムで、その核となるニール・パートのドラムが聴きどころでしょう。民族楽器のような音色も聴けます。続いてインストゥルメンタル「Leave That Thing Alone」でスリリングな演奏を聞かせます。うねるようなゴリゴリベースと、柔らかく包み込むようなギター。ドラムは安定感がありますが、所々でワザを見せつけます。シリアスだけど円熟味のある「Faithless」を挟んで、最新楽曲「BU2B」。とても重たく、キャリア屈指のメタリックなサウンドに驚かされます。そしてキャッチーな名曲「Freewill」へ。歌声にあまり艶はないものの、ノリの良いリズムとスリリングな演奏、キャッチーなメロディラインがカバーしています。「Marathon」はリズム隊がスリリングです。テクニカルなベースを弾きながらキャッチーなメロディを歌うゲディの器用さも、相変わらずですがお見事。荘厳なシンセで始まる「Subdivisions」はメリハリのあるピシッとしたタイトな演奏を見せます。でも間奏は結構伸び伸びとしていますね。…そしてここからは本作の目玉『ムーヴィング・ピクチャーズ』の全曲再現。スペイシーなシンセの「Tom Sawyer」で開幕しますが、テンポが少し遅く、また高音が出ていないのが残念。「Red Barchetta」は個人的に大好きな1曲ですが、骨太なリフは30年経っても変わらずスリリングです。心地良いメロディラインに、ゴリゴリとスリリングな演奏がたまりません。そして名インストゥルメンタル「YYZ」。流石に全盛期に比べれば劣るものの、それでも高い緊張感を保ち続け、3人息の合ったスリリングな演奏で圧倒します。やっぱりラッシュといえばこの楽曲が最強なんですよね。少し遊びを入れてから「Limelight」。ポップなメロディは心地良いですね。

 Disc2枚目は『ムーヴィング・ピクチャーズ』再現の続きで「The Camera Eye」で幕開け。カメラ音のSEでキャッチーに飾りながらも、複雑でスリリングな展開で、プログレバンドの意地を見せつけます。ヘヴィで歪んだギターをかき鳴らす「Witch Hunt」、メタリックなレゲエ曲「Vital Signs」で全曲再現は終了。老いは感じるものの中々聴きごたえがあります。続いては最新楽曲「Caravan」をお披露目。ダークでメタリックなサウンドが強烈で、ブリブリ唸る重低音がカッコ良い。「Moto Perpetuo/Love For Sale」はニールのドラムソロ。どんどんとヒートアップして、スリルが増すプレイはお見事です。終盤にはホーンやサックスも加わって、ビッグバンド的な演奏で賑やかに楽しませます。「O’Malley’s Break」はアレックスのギターソロ。12弦ギターを用いた温もりのある音色を聴かせ、そのまま名曲「Closer To The Heart」に繋げます。ゆったりとしたテンポで噛みしめるような歌、そして会場の大合唱が鳥肌ものですね。終盤は原曲に少しアレンジを加えてリズミカルな仕上がりです。プログレ時代の大作「2112 Overture/The Temples Of Syrinx」は前半パートのみ演奏。流石に原キーは高すぎるのかキーを下げており、歌は残念ながら別物。でも、荒々しくてドライブ感のあるスリリングな演奏は健在で嬉しいですね。会場のオイコールも楽しい。「Far Cry」は重低音を効かせたメタリックなリフがスリリングですが、一方で浮遊感のあるコーラスが心地良さを生み出しています。ここで一旦ライブが終わり、アンコールに名インストゥルメンタル「La Villa Strangiato」。原曲は尋常じゃない緊張感の持続が魅力でしたが、本ライブでは導入に少しお遊びを入れたりアレンジが入っています。でも本気モードの演奏は強い緊張感を放っていて流石。ライブのラストは「Working Man」。オリジナルの持つハードロック色は途中から出てきますが、序盤はレゲエアレンジが加えられています。

 全体的にゲディの歌が結構苦しそうなのはマイナス点。但し、高い再現力で安定した演奏を楽しめるのと、キャリア通してのオールタイムベスト的な選曲が中々良いです。先に聴くべきライブ盤は他にあるでしょうが、以前レンタルCDで見つけ借りてきたので、せっかくなのでレビューしました。笑

Time Machine 2011: Live In Cleveland
Rush