🇬🇧 Cocteau Twins (コクトー・ツインズ)

レビュー作品数: 10
  

スタジオ盤①

ゴシックロック期

Garlands (ガーランズ)

1982年 1stアルバム

 コクトー・ツインズはスコットランドのポストパンクバンドで、ドリームポップの元祖としても知られます。1979年にロビン・ガスリー(Gt)、ウィル・ヘッジー(B)がバンドを結成し、後に「天使の歌声」と称されるエリザベス・フレイザー(Vo)が加入。インディーレーベル4ADを代表するグループとして、名を知らしめることになります。
 本作はアイボ・ワッツ・ラッセルとコクトー・ツインズの共同プロデュースとなるデビューアルバムです。淡々として暗鬱なサウンドはエコーが効いて掴みどころがなく、底無しの暗闇に引きずり込まれるような錯覚に陥ります。不気味なジャケットアートが描くとおりの世界観ですね。ジョイ・ディヴィジョンセックス・ピストルズスージー・アンド・ザ・バンシーズらに影響を受けたといい、フレイザーはスージー・アンド・ザ・バンシーズの大ファンでタトゥーを入れていた時期もあったようです。

 オープニング曲「Blood Bitch」から影のあるダークな雰囲気に包まれています。歪んでノイジーなギターに地を這うようなベース、そして靄のかかったようなはっきりしないサウンドは暗鬱でおどろおどろしい空気を醸します。そこにフレイザーのアンニュイなボーカルが乗っかると、演奏は大きく緊張感を増します。不気味なスリルがあります。続く「Wax And Wane」は打ち込みドラムが無機質なリズムを刻み、ベースがどんよりと低音を響かせ、歪んでノイジーなギターははっきりと主張せず、これらの組合せによってダークな雰囲気を生み出します。不穏なサウンドに暗鬱なメロディ、引きつるように声を震わせるボーカルもおどろおどろしさを助長します。不気味な1曲です。「But I’m Not」はやや速いテンポですが、サウンドがあまりに陰鬱でピリピリとした緊迫感が漂います。メランコリックなボーカルも、呟くような歌から時に声が裏返って、ヘタウマなボーカルスタイルがこの緊迫感を更に高めています。救いのない暗さに加えて、刺々しい緊張感に満ちたゴシックロックを展開します。「Blind Dumb Deaf」はダブを用いてエコーが強烈に効いたドラムが印象的。暗鬱な世界観も含めてジョイ・ディヴィジョンの影響を強く感じます。ボーカルや重ねたコーラスにもエコーを掛けて、幻覚のような揺さぶりをかけてきます。
 ここからアルバム後半に突入。「Shallow Then Halo」は静かで暗鬱なサウンドを繰り広げ、ベースが不気味に響きます。そしてファルセット混じりの独特のボーカルは呪文を唱えるかのようで、更に終盤に向けて歪んだギターがじわりじわりと恐怖感を生み出します。「The Hollow Man」はグルーヴ感のあるヘッジーのベースが際立ちます。不協和音のようなギターが不穏な空気を作るものの、比較的淡々と進行。ヘタウマなボーカルに不思議な魅力を感じます。後半はこだまするボーカルに悲鳴のようなギターと、かなり不気味な印象。そして表題曲「Garlands」。場違いにダンサブルなリズムが空回りする、ノイジーで暗鬱なサウンドで、耳障りなギターをキリキリと鳴らします。そしてひたすら病的なほど反復するダウナーな歌メロは、良くも悪くも耳にまとわりつきます。歌声が魅力的なので良い意味での中毒性があると思いますが、病み気味の楽曲は気を抜くと呑み込まれてしまいそうです。ラスト曲「Grail Overfloweth」はダークで浮遊感があります。水の底から響くようなエフェクトをかけたボーカルに、3拍子のゆったり漂うような感覚は心地良いですが、いつ呑み込まれるかわからない不穏な空気が支配します。最初から最後までダークな雰囲気が晴れることはあれませんでした。

 アルバム全体を覆う暗鬱でホラー映画のような不気味さ。そんな中で救いとなるのはエリザベス・フレイザーの唯一無二の幻想的な歌声。ヘタウマな感じですが、アンニュイで時折ファルセットを交えるボーカルスタイルや声質は魅力的です。

Garlands
Cocteau Twins
 
Heads Over Heels (ヘッド・オーヴァー・ヒールズ)

1983年 2ndアルバム

 ウィル・ヘッジー(B)が脱退し、ロビン・ガスリー(Gt)とエリザベス・フレイザー(Vo)の2名体制となってしまったコクトー・ツインズ。アルバム前半は前作の路線を継承していますが、後半は試行錯誤したのか音楽的な広がりを見せます。その音楽性はダークウェイヴとかエーテラルウェイヴとも呼ばれるもので、暗鬱なギターに強いエフェクトをかけた靄のようなサウンドに、強いエコー処理により楽器のようなボーカルが特徴的です。
 ジョン・フライヤーとコクトー・ツインズの共同プロデュース。

 「When Mama Was Moth」で開幕。初っ端から強烈なエコー処理を施されたドラムが響き渡り、冷たいシンセサイザーがホラー映画の音楽のような、不気味で霊的な雰囲気を作ります。フレイザーのアンニュイな歌声はエコー処理で余計に聞き取りづらく、まるで楽器のようです。どこか呪術的な雰囲気もありダークな世界観を展開。ジョイ・ディヴィジョンの影響を感じます。続く「Five Ten Fiftyfold」は3拍子のリズムで心地良く揺られます。しかし音像のはっきりしない、靄のかかったような音世界は、幻想的でありながらも暗闇を感じます。サックスやギター等が入り乱れるぼやけた空間の中で、ガスリーが担当するベースはずっしりと響き渡ります。そしてゆったり漂うような歌メロに強いエフェクトをかけて、気高く神秘的な空気を纏いながらも心地良く揺さぶります。「Sugar Hiccup」は比較的キャッチーで、初めて聴いたときに取っ付きやすさを感じた1曲です。フレイザーのアルト声による歌をフィーチャーしているからでしょうか、この初々しくてメランコリックな声質がたまらなく好みで魅力的です。反復されるメロディはキャッチーで心地良くて耳に残ります。サウンドも比較的ダークさが少なく、ゆったりとしていて聴きやすいですね。ドリームポップ最初期の楽曲としても評価されているようです。続いて「In Our Angelhood」はスリリングな疾走曲。ゆったりとした楽曲の多いコクトー・ツインズではやや異色ですが、とても魅力的な1曲です。ポストパンク特有の強烈な緊迫感に溢れていて、焦燥感を煽るようなヒリヒリしたサウンドは心を不安定にさせ、そして影のあるメロディが突き刺さります。ファルセット混じりのサビはヒステリックで、それにエコー処理が加わりとてもスリリング。でもやみつきになる中毒性も持ち合わせています。「Glass Candle Grenades」も緊張が張り詰めるピリピリとしたサウンドです。ガスリーのギターは警告するかのように追い詰めてくるし、スリリングな演奏と相まってフレイザーの歌は内面から怒りが湧き上がるかのような雰囲気で、迫力のある楽曲です。
 アルバム後半に入り「In The Gold Dust Rush」はアコギをかき鳴らして、暗鬱ですがダークさは少しだけ薄れた感じがします。ネオアコに近づいているような感じ。フレイザーの歌声は緊迫感があり、それゆえに楽曲全体に緊張感が残りますが、反復する歌メロはキャッチーで妙に耳に残ります。「The Tinderbox (Of A Heart)」はリズムビートを強調した楽曲で、パーカッションなどアフリカ音楽の影響を微かに感じます。呪術的な歌メロは淡々としていて、更にヘッドフォンだと手前と奥で違う歌を重ねているように聞こえます。情報量の多さをエコーでぼやかして、全体的には不気味な儀式のような印象ですが、トリップ感もあります。続く「Multifoiled」はロカビリーに影響を受けているそうですが、強いエフェクトがかかったドラムをはじめ民族音楽的というかプリミティブな雰囲気。でも、まだ前曲に比べればキャッチーさがあって救いです(そこまでキャッチーではないですが)。どこかジャズっぽさも感じられます。「My Love Paramour」はノイジーなサウンドが暗く緊迫した雰囲気を作り、ベースがうねります。病んでしまいそうなサウンドのヘヴィさを、アンニュイな歌声が緩和してくれます。ラスト曲は「Musette And Drums」。はじめにガスリーの歪んだギターが響いて、ラストも緊迫した楽曲なのだと悟らせます。フレイザーの歌も焦燥感を煽り、追い詰めるかのようなサウンド。救いのないダークでスリリングな楽曲でアルバムを締め括ります。

 フレイザーの歌声は好みなのですが、前作同様のダークなサウンドと、そして全編に渡って張り詰めている凄まじい緊張感が、聴いているだけでメンタルをゴリゴリ削っていきます。初めて聴いたときには聴き通すのが辛かったのですが、そこかしこにあるフックがまた聴いてみたいと思わせ、気付けば虜になっていました。病みそうなサウンドですが、中毒性のあるスルメ盤だと思います。
 個人的に最愛のグループGARNET CROWを想起させる音楽性(というかボーカルの声質がよく似ているの)で、聴けば聴くほどに、ずぶずぶと本作の魅力に引きずり込まれています。

Heads Over Heels
Cocteau Twins
 

ドリームポップの開花

Treasure (トレジャー~神々が愛した女たち)

1984年 3rdアルバム

 サイモン・レイモンド(B)が加入して再び3人体制となったコクトー・ツインズ。神話に出てくる女神の名を各楽曲のタイトルに冠した本作は、コクトー・ツインズの名盤と名高い作品です。バンドによるセルフプロデュース。
 エリザベス・フレイザーはファルセットという武器を効果的に使うようになり、「天使の歌声」と称される極上のボーカルを披露します。とても美しい歌声は多重コーラスやエコー処理で幻想的に広がりますが、それとは対照的に、強いエフェクトをかけたドラムマシンが楽曲にエッジを効かせます。

 オープニング曲は「Ivo」。フレイザーはファルセットによるふわっとした浮遊感のあるソプラノ声と、アルト音域のメランコリックな地声を使い分けていて、惹き込まれます。また前2作のような救いのないダークなサウンドは脱して、ロビン・ガスリーのアコギを中心に、爽やかさと幻想的な雰囲気を両立した心地良いサウンドを演じます。「Lorelei」はドラムマシンによる無機質なリズムトラックを除けば、音像がぼやけて幻想的なサウンドや歌声は天にも昇れそうです。とても美しいこの楽曲はコクトー・ツインズの人気曲の一つで、ダンスチューンとしてヒットしたようです(そこまでダンスっぽくはないですが)。続く「Beatrix」は少しダークで宗教的な雰囲気。神秘的ですが無機質で冷たいキーボードに、レイモンドのはっきりとしたベースがダークゴシックな雰囲気を作ります。フレイザーのファルセット気味な歌声は厳かな印象ですが、突如地声が出てくると雰囲気は一転して迫力満点です。「Persephone」は冒頭で銃声のように聴こえるドラムマシンが強烈。ガスリーがかき鳴らすギターはどこかスミスっぽい気もします。民族音楽的な歌唱は独特でインパクトがあり、サビにあたる部分では前面と後面で違う歌を重ねています。そして「Pandora (For Cindy)」は「Lorelei」と並ぶ本作のハイライト的な楽曲です。潤いのある優しいサウンド。そして水面に波紋が広がるのように、エコーで広がる麗しいボーカルがとても心地良いのです。楽曲自体はひたすら反復するだけの単調なものなのですが、微睡むような心地良さと美しさに心を奪われます。
 アルバム後半は「Amelia」で開幕。どんよりと曇って寒々しさを感じさせる、陰りのあるメロディや演奏に加え、ファルセットによる掴みどころのない歌声と呪術的な地声が幾重にも折り重なって、悲壮感のある寒々しい空気を作ります。続く「Aloysius」は折り重なる繊細なギターサウンドに魅せられます。ノイジーで歪んだ前作までのサウンドとは大きく変わりましたね。また天使のようなふわっとして優しい歌声も魅力的で、憂いを感じさせつつもキャッチーな印象に仕上がりました。救いの1曲です。そして「Cicely」はリズムを強調した楽曲。淡々として冷たい印象を抱きますが、オルガンが出てくる後半からはトリッキーなリズムを刻んで変化を見せます。「Otterley」は静かで神秘的な楽曲。海の中を漂うかのように、ゆったりと包み込むような幻想的なサウンドは、暗さの中に心地良さも内包しています。そこに時折囁くような声がこだまします。最後は「Donimo」。賛美歌のような荘厳な歌を聴かせますが、後半は少し雰囲気を変え、比較的親しみやすいポップな楽曲になります。全体を通して、コーラスが幾重にも折り重なって幻想的な雰囲気を作り出します。

 一般的に最高傑作に挙げられることの多い作品で、底無しの闇のようにダークな前2作に比べるとだいぶ親しみやすくなりました。メロディに影があるのは相変わらずですが、繊細なサウンドに美しい歌声で魅力的です。

Treasure
Cocteau Twins
 
Victorialand (ヴィクトリアランド)

1986年 4thアルバム

 前作よりロビン・ガスリー(Gt)、エリザベス・フレイザー(Vo)、サイモン・レイモンド(B)の3名体制になりましたが、レイモンドはディス・モータル・コイルのアルバム制作に関与しており本作には不参加です(次作には復帰)。メロディの美しさを引き立たせるため、ベースもドラムマシンも取り払ったのが大きな変化です。神秘的で高く評価されている作品です。セルフプロデュース作。

 アルバムは6分半に渡る「Lazy Calm」で幕を開けます。アンビエントっぽい落ち着いた演奏を3分ほど聴かせると、フレイザーの歌が神聖な雰囲気を作り出します。ウィスパーボイスを幾重にも重ねて、靄のようなエフェクトをかけて、天国のような美しさです。続く「Fluffy Tufts」はガスリーの繊細でメランコリックなギターと、フレイザーの多重コーラスのみで構成。これまで隙間なく埋め尽くしてきたサウンドは音数を減らしていますが、とはいえスカスカではなくエコーによって幻想的な広がりを見せます。「Throughout The Dark Months Of April And May」は少し暗鬱な空気が漂います。ウィスパーボイスと地声をうまく使い分けて、神秘的な雰囲気。「Whales Tails」は、強くエコーをかけたギターが深みのあるサウンドを響かせ、寒々しい空気を作り出します。フワフワとしたボーカルは神秘的で、神話の世界のようです。歌詞は英語圏の人もよくわからないのだそう。続く「Oomingmak」は、神秘的で掴みどころのない前半の楽曲群と比べると比較的取っつきやすい印象でした。ガスリーの繊細なギターが小気味良く、またフレイザーの歌もフワッと跳ねるような優しい感じ。「Little Spacey」は3拍子の心地良いリズムにウィスパーボイスがくすぐるように優しく歌います。多重録音によるコーラスが輪郭のぼやけたサウンドで広がりますが、バックで薄っすらパーカッションが鳴っているので楽曲をうまく引き締めています。「Feet-Like Fins」は12弦ギターが残響音含めて心地良い音色を響かせます。後半は雰囲気を変え、フレイザーは地声で力強く歌い、ギターも牧歌的で楽しげな演奏へと変わります。「How To Bring A Blush To The Snow」は天使の囁きのようなコーラスと、地声による憂いに満ちた主線メロディを混ぜて、どこか哀愁を感じさせます。最後の「The Thinner The Air」はここまでの楽曲と違って、ダークで重苦しい空気が漂います。そしてファルセットを駆使した美しい歌を聴かせますが、楽曲は悲壮感に満ちています。

 コクトー・ツインズの個性の一つとして前作まで強い存在感を放っていたドラムマシンが無くなり、個人的には物足りなさが上回りました。

Victorialand
Cocteau Twins
 
Blue Bell Knoll (ブルー・ベル・ノウル)

1988年 5thアルバム

 米国の作曲家ハロルド・バッドとのコラボ作品『ムーン・アンド・メロディーズ』をリリース。1988年にキャピトル・レコードと契約。米国以外ではインディーレーベルの4ADより引き続きのリリースですが、米国の配給に限ってコクトー・ツインズは初めてメジャーレーベルからリリースされることになりました。
 多重録音を駆使して、靄のようにはっきりしない歌や演奏で、時折万華鏡のように美しく広がります。それでもリズム隊が戻ってきたこともあって、前作より地に足ついた感じがします。

 タイトル曲「Blue Bell Knoll」で開幕。少しエキゾチック感のある怪しげなギターに暗鬱な空気を醸す管楽器、そして美しくもシリアスな雰囲気を纏ったエリザベス・フレイザーのボーカルが緊張を高めます。終盤には冷たくヒリヒリとしたバンドサウンドへと変わり、ダークな印象へ。続く「Athol-Brose」は幾重にも重ねたコーラスが複雑かつ幻想的な万華鏡のように広がります。キラキラと輝いて見えますね。演奏は意外にダンサブルなビートを効かせ、シンセサイザーが目立ちます。続く「Carolyn’s Fingers」はロビン・ガスリーの繊細なギターを淡々としたリズム隊が支え、そしてフレイザーは巻き舌気味に歌ってオペラのような歌唱です。メランコリックな音色を奏でるリードギターも魅力的です。「For Phoebe Still A Baby」はゆったりと落ち着いた楽曲で、優しい歌メロを多重コーラス&エコー処理して、フワッと包み込むような心地良さを提供してくれます。そして「The Itchy Glowbo Blow」はイントロから曇天のような哀愁や暗さが漂います。ギターをはじめ感傷的な気分を誘います。ファルセットと地声を使い分けた多重録音で、歌は霊的な感じ。「Cico Buff」はゆったりと落ち着いた楽曲で、メロディはどこか懐かしさを覚えます。時折表出するリードギターも良いですね。続く「Suckling The Mender」もゆったりムードで、パーカッションが特徴的な演奏に、優しく幻想的な歌を聴かせます。地声パートのメロディアスな旋律が心地良いです。「Spooning Good Singing Gum」は暗鬱で憂いのあるギターと、トロピカル感すらあるパーカッション/ハンドクラップにギャップがありますね。続く「A Kissed Out Red Floatboat」はピコピコとテクノっぽい要素を取り入れつつ、落ち着いて優雅な歌を聴かせます。新機軸ではありますが、アルバムの調和を乱さず上手く溶け込んでいます。ラスト曲「Ella Megalast Burls Forever」もゆったりとしていて、BGMとして聴いていると心地良く揺さぶられます。子守唄のような感じです。

 リズム隊が戻ってきたことを嬉しく思いつつも、ヒーリングミュージックのような楽曲が多くて、後半に進むにつれてダレてくるというのが正直な感想でした。

Blue Bell Knoll
Cocteau Twins
 
Heaven Or Las Vegas (ヘブン・オア・ラスベガス)

1990年 6thアルバム

 1989年に、ロビン・ガスリーとエリザベス・フレイザーの間に娘ルーシー・ベルが誕生。またサイモン・レイモンドは結婚と父親の死を経験するなど、メンバーの私生活に大きな変化がありました。また、この頃からガスリーの薬物依存が悪化していき、その結果として4ADレーベルの社長アイヴォ・ワッツ=ラッセルとの軋轢が生じ、コクトー・ツインズは本作を最後に4ADとは契約解消となります。
 本作はコクトー・ツインズ最大のヒット作となり、代表作として知られています。俗っぽくなったとも言われていますが、これまでの掴みどころのない天上界のサウンドといった趣から、ポップで親しみやすい作風に変わった感じがします。

 オープニング曲「Cherry-Coloured Funk」は幻想的な演奏が心地良い。フレイザーは地声でしっかりとした歌メロを聴かせますが、アクセントとして時折ファルセットを用いることで、特有の浮遊感を味合わせてくれます。続く「Pitch The Baby」も幻想的ですが、グルーヴ感のあるレイモンドのベースをはじめ横ノリのダンサブルなサウンドに仕上がっています。そんな演奏に合わせて、歌も若干ファンクっぽいノリを感じられます。「Iceblink Luck」はシンセサイザーが明るく鳴り、ベースが心地良く響き、歌メロも聴きやすいですね。これまで纏っていた神秘のベールを剥いで、ポップでキャッチーな印象になりました。躍動感ある間奏も楽しいです。「Fifty-Fifty Clown」はテクノっぽいイントロで始まります。メロディアスな歌は多重録音により幻覚的。リズミカルな演奏も相まって心地良い楽曲です。そしてタイトル曲「Heaven Or Las Vegas」。ゆったりと落ち着いたサウンドで、過去作品のような憂いを薄っすら醸し出しつつ、それ以上に優しくて癒やしの側面が強く出ています。メロディアスな歌は分厚く重ねていて多幸感がありますね。ジャケットアートのように、カラフルだけどぼんやりとしていて心地良い楽曲で魅せてくれます。「I Wear Your Ring」は少し陰のある、メランコリックなメロディが感傷的な気分を誘います。でもかつてのコクトー・ツインズとは違って演奏には棘はなくて、リズミカルな優しい演奏で憂いに満ちたメロディを引き立てます。そして「Fotzepolitic」は明るく晴れやかな演奏で、3拍子のワルツが踊りへと誘っているかのように躍動感があります。メロディアスな歌も心地良く、エフェクトをかけたガスリーのギターも綺麗な音世界を作り出します。「Wolf In The Breast」は落ち着いてメロウな演奏でゆったりとしています。多重録音により複数のメロディラインを同時並行するサビメロは情報量過多ですが、心地良さに満ちています。「Road, River And Rail」は少し暗く、アンニュイな歌声で囁くように歌います。音像がハッキリしませんが、その中でベースはくっきりとしていますね。最後の「Frou-Frou Foxes In Midsummer Fires」は、イントロからピアノが暗く冷たい空気を生み出します。比較的ポップに寄った本作においては本楽曲だけ神秘的で近寄りがたさも感じますが、中盤盛り上げる場面はとてもドラマチックでメロディアスです。

 神秘性は薄れましたが多幸感のある歌と演奏は変わらず、そこにダンスやポップ要素を持ち込んで取っつきやすくなりました。

Heaven Or Las Vegas
Cocteau Twins